ドイツ連邦共和国

ドイツ国旗ドイツは絵葉書のような町並み、収穫祭や、豊富な芸術や文化、緑深い森林、古城や、ワイン、ビールといった楽しみにあふれている国。オランダ、ベルギー、 ルクセンブルク、フランス、スイス、オーストリア、チェコ、ポーランド、デンマークの9カ国と見える国境に囲まれた、ヨーロッパの中心といえるこの国の歴 史は、いまだに発展を続けている。街ごとに違う表情を見せるドイツは街めぐり、街道めぐりに人気がある。

基本情報
正式国名&英語表記 ドイツ連邦共和国 Federal Republic of Germany
首都 ベルリン
面積 35.7万km2(日本の約94%)
人口 8,254万人(2003年)、人口密度約230人/km2(独連邦統計庁)
人種 ゲルマン系を主体とするドイツ民族(在留外国人数約730万人)
言語 ドイツ語
宗教 新教約2,800万人、旧教約2,700万人(独連邦政府新聞情報庁)
通貨 ユーロ
為替レート 1ユーロ=約135.8円(2005年5月29日)
紙幣 5、10、20、50、100、200、500ユーロの七種類
硬貨 1、2、5、10、20、50セント、1、2ユーロの八種類(1ユーロは100セント)
電圧 230V、50HZ
時差 マイナス8時間。サマータイム実施期間はマイナス7時間。サマータイムの実施期間は、3月の最終日曜AM2:00〜10月の最終日曜AM2:00。
祝日 1/1 元日Neujahr、*1/6 三王来朝Heilige Drei Koenige、●3/25聖金曜日Karfreitag、●3/27 復活祭Ostern、●3/28 復活祭翌日の月曜日Ostermontag、5/1 メーデーMaifeiertag、●5/5 キリスト昇天祭Christi Himmelfahrt、●5/15 聖霊降臨祭Pfingsten、●5/16 聖霊降臨祭翌日の月曜日Pfingstmontag、●*5/25 聖体節Fronleichnam、*8/15 マリア昇天祭Maria Himmelfahrt、10/3 ドイツ統一の日Tag der Deutschen Einheit、*10/31 宗教改革記念日Reformationstag、*11/1 諸聖人の日(万聖節)Allerheiligen、●*11/16 贖罪の日 Busstag、12/8 聖母無垢受胎際、12/25、26 クリスマスWeihnachtstag
●=移動祝祭日
*印は祝祭日とならない州もあります。
在留邦人数 27,810人(2002年10月)
電話国番号 49
緊急電話番号 警察110・救急車/消防署112

物価
ドイツではお金がなくなるのが早い。節約しようと心がければ、なんとか過ごせるが、食費は最低でも8ユーロから最高30ユーロ程度。食料品に関しては日本よりも安めのようだ。宿泊は安いところは15ユーロから高いところは200ユーロ以上と幅広い。観光地では特に物価が高く設定されているので、生活する場合はスーパーなどで安く上げるのがコツ。
一人当たりGDP
26,760ユーロ(2003年、連邦統計庁)
経済成長率
1.6%(2004年、連邦統計)
主要貿易品目
(1)主要輸出品:自動車、機械製作機、化学製品、医薬品
(2)主要輸入品:化学製品、電機工学製品、自動車
主要貿易相手国 (1)輸出 EU55.2%(2003年)16位:日本(1.81%)
1位仏(10.6%)、2位米(9.3%)、3位英(8.4%)
(2)輸入 EU52.2%(2003年)9位:日本(3.6%)
1位仏(9.2%)、2位オランダ(8.3%)、3位米(7.3%)

気候
ドイツの気候は比較的温暖で、北海道に似たような感じ。四季の区別がはっきりしている。夏場は暑いと30度を超えることもあるが、天気の悪い日には気温がかなり下がるので、対応できるように羽織れるものが必要。地域にも夜が、冬はかなり冷え込み、雪もよく降る。氷点下まで下がることも多いので、防寒対策はしっかりとしておこう。
現在の天気
Click for Berlin Schoenefeld, Germany ForecastClick for Munich, Germany Forecast

ビザ

2000年12月15日より、日本国籍者は、いかなる目的でも日本でビザを取得する必要はありません。ドイツに入国後、直接、滞在地の外人局で、滞在許可を申請することになります(ワ−キングホリデ−と外交官の私的使用人は除く)。

だたし、現地外国人局が日本でビザを取得してくるよう求めている場合やこちらで申請せざるを得な い特別な理由がある場合は事情を検討した上で例外的に大使館で申請します。日本でビザを取得した場合は、90日間有効で、一回のみ入 国できます。入国後速やかに滞在許可に書き換える申請をしなければなりません。

パスポート 帰国日まで有効なものを持っていることが条件

大使館などの在日政府機関
ドイツ連邦共和国大使館 Embassy of the Federal Republic of Germany in Japan
〒106-0047 港区南麻布4丁目5-10
Tel:03-5791-7700
在大阪・神戸ドイツ連邦共和国総領事館 Consulate-General of the Federal Republic of Germany in Osaka-Kobe
〒531-6035 大阪市北区大淀中1丁目1-88 梅田スカイビル東楝35階
Tel: 06-6440-5070
在札幌ドイツ連邦共和国名誉領事館 Honorary Consulate of the Federal Republic of Germany in Sapporo
〒060-8677 札幌市中央区大通東1丁目2番地 北海道電力(株)
Tel: 011-251-1111
在仙台ドイツ名誉領事館 Honorary Consulate of the Federal Republic of Germany in Sendai
〒983-8622 仙台市宮城野区榴岡(ツツジガオカ)4-1-4、(株)ユアテック内
Tel: 022-791-8042
在名古屋ドイツ連邦共和国名誉領事館 Honorary Consulate of the Federal Republic of Germany in Nagoya
〒461-8680 名古屋市東区東新町1番地 中部電力(株)
Tel: 052-951-8211
在神戸ドイツ連邦共和国名誉領事館 Honorary Consulate of the Republic of Germany in Kobe
〒651-0087 神戸市中央区御幸通8−1−6 神戸日独協会事務所内
Tel: 078-230-8150
在広島ドイツ名誉領事館 Honorary Consulate of the Federal Republic of Germany in Hiroshima
〒730-8610 広島市中区東千田町2-9-29、広島電通(株)内
Tel: 082-242-3511
在福岡ドイツ名誉領事館 Honorary Consulate of the Federal Republic of Germany in Fukuoka
〒812-8707 福岡市博多区千代1-17-1、西部ガス内
Tel: 092-633-2211
ドイツ政府観光局 〒107-0052
東京都港区赤坂7-5-56 ドイツ文化会館4階
電話03-3586-5046(テープ案内)
月曜‐金曜 13時‐17時(ただしご質問等の受付は16時までとさせていただきます)
土・日・日本の祝祭日、5月1日、10月3日、12月25日はお休み。

現地日本大使館
在ドイツ大使館 Germany
Botschaft von Japan
Hiroshimastr.6, 10785 Berlin, Bundesrepublik Deutschland
Tel: (49-30) 210940 Fax: (49-30) 21094222
在デュッセルドルフ総領事館 Dusseldorf
Japanisches Generalkonsulat
Immermannstr. 45, 40210 Dusseldorf, c/o Deutsch-Japanisches Center, Bundesrepublik Deutschland
Tel: (49-211) 164820 Fax: (49-211) 357650
在ハンブルグ総領事館 Hamburg
Japanisches Generalkonsulat
Rathausmarkt 5, 20095 Hamburg, Bundesrepublik Deutschland
Tel: (49-40) 3330170 Fax: (49-40) 30399915
在フランクフルト総領事館 Frankfurt
Japanisches Generalkonsulat
Taunustor2 23. OG, 60311 Frankfurt am Main, Bundesrepublik Deutschland
Tel: (49-69) 2385730 Fax: (49-69) 230531
在ミュンヘン総領事館 Munchen
Japanisches Generalkonsulat
Karl-Scharnagl-Ring 7 80539 Muenchen, Bundesrepublik Deutschland
Tel: (49-89) 4176040 Fax: (49-89) 47-05-710

ノルウェー王国

ノルウェー国旗ノルウェーは北への道という名のとおり、世界地図の北部に位置し、国土の北半分は北極圏内に位置する。南北に広がる地形で、フィヨルドや氷河の美しい国。 白夜の国では非常に長い夏日や大自然の景観が楽しめる。海岸線は内陸へ最大で200キロも入り込んだフィヨルド(峡湾)を形成しており、、フィヨルドの周 囲は標高1000メートルにも及ぶ高い崖が水面から屹立する。その美しい景観は、ノルウェー随一の観光名所となっている。南北に長い国のため、気候が地域 によりだいぶ異なる。

基本情報
正式国名&英語表記 ノルウェー王国 Kingdom of Norway
首都 オスロ
面積 38.6万km2(日本とほぼ同じ)
人口 約457.7万人(2004年1月現在)
人種 北方ゲルマン民族
言語 ノルウェー語
宗教 福音ルーテル教
通貨 ノルウェー・クローネ。補助通貨はオーレ。
為替レート 1NOK=16.79円(2005年6月2日現在)
紙幣 50、100、200、500、1000NOK の5種類
硬貨 50オーレ、1、5、10、20NOK の5種類
電圧 230V、50HZ
時差 マイナス8時間。サマータイム実施期間はマイナス7時間。サマータイムの実施期間は、3月最終日曜日から10月最終日曜日。
祝日 1/1元旦、●3/20しゅろの主日、●3/24洗足木曜日、●3/25聖金曜日、●3/27イースター、●3/28イースターマンデー、5/1メーデー、●5/5キリスト昇天祭、●5/15聖霊降臨祭、●5/16聖霊降臨祭の月曜日、5/17憲法記念日、12/24クリスマス・イブ、12/25クリスマス、12/26ボクシングデー、12/31ニューイヤーイブ
●=移動祝祭日
在留邦人数 544人(2002年10月1日現在)
電話国番号 47
緊急電話番号 警察112、消防110、救急車113

物価
他の北欧諸国と変わらず、物価は高い。全体的に日本以上かかる。食事は安くても80クローネかあ、高いと300クローネ程度、宿泊は最低200から最高1000クローネ程度。
GDP 2,209億ドル(2003年、OECD統計)
一人当たりGDP
48,400ドル(2003年、OECD統計)
実質経済成長率
1.0%(2002年、OECD統計)
物価上昇率 2.5%(2003年、ノルウェー政府統計)
失業率 4.5%(2003年、OECD統計)
主要貿易品目
(1)輸出 原油、天然ガス、鉄、水産物
(2)輸入 機械(船舶、乗用車含む)
主要貿易相手国 (1)輸出 英、独、仏、蘭
(2)輸入 スウェーデン、独、デンマーク、英

気候
日本よりもだいぶ北にあるノルウェーだが、気候は比較的温暖。これは、貿易風と暖流のおかげで、海岸に近い割には大陸的な気候といえる。南北に長く、起伏の激しい地形のため、地域によって気候がだいぶ異なる。夏は雨が多い。一年でも最も寒いのは1月、2月で首都オスロだと−5度前後、山間部だと−まで冷えこむ。
現在の天気
Click for Oslo Airport, Norway Forecast

ビザ シェンゲン条約加盟国の15ヶ国合計で、滞在日数が3ヶ月以内の場合は、ビザは不要。学生ビザについてはこちら
パスポート 必要な残存有効期間は3ヶ月+滞在日数。

大使館などの在日政府機関
ノルウェー王国大使館 Royal Norwegian Embassy in Japan
〒106-0047 港区南麻布5丁目12-2
Tel:03-3440-2611
開館時間:月〜金 (9:00〜12:30/13:30〜17:00)
在神戸・大阪ノルウェー王国名誉総領事館 Royal Norwegian Honorary Consulate-General in Kobe-Osaka
〒650-0046 神戸市中央区港島中町5丁目1-1
Tel: 078-303-1786
在札幌ノルウェー王国名誉領事館 Royal Norwegian Honorary Consulate in Sapporo
〒060-0004 札幌市中央区北四条西11丁目 株式会社札幌オーバーシーズ・コンサルタント内
Tel: 011-231-6547
在長野ノルウェー王国名誉領事館 Royal Norwegian Honorary Consulate in Nagano
〒380-0935 長野市中御所5丁目1-18 吉田興産株式会社内
Tel: 026-228-3163
在福岡ノルウェー王国名誉領事館 Royal Norwegian Honorary Consulate in Fukuoka
〒810-8629 福岡市博多区中州2丁目6-10 (株)ふくや内
Tel: 092-281-0468
スカンジナビア政府観光局 スカンジナビア3国の情報提供

現地日本大使館
在ノルウェー大使館 Norway
Embassy of Japan
Wergelandsveien 15, 0244 Oslo, Norway.
Tel: (47) 2299-1600 Fax: (47-22) 44-25-05

ハンガリー共和国

ハンガリー国旗ハンガリーは魅力にあふれた国。首都ブタペストは「ドナウの真珠」とも評され、世界遺産の指定も多い。ヨーロッパの中で唯一アジア系民族の国であるハンガ リーはラテン系やスラブ系の国に囲まれている。現在は混血が進み、アジアの起源を見るのは難しいが、日本との共通点も多い。民族音楽や、民族舞踊、ドナウ 川の大自然、そして独特のお料理、ワインなどは人々を引き付けてやまない。

基本情報
正式国名&英語表記 ハンガリー共和国 Republic of Hungary
首都 ブダペスト
面積 約9.3万km2(日本の約1/4)
人口 約1,014万人(2000年)
人種 ハンガリー人
言語 ハンガリー語
宗教 カトリック約52%、カルビン派新教約16%
通貨 フォリント
為替レート 1Ft=0.5260円(2005年6月2日現在)
紙幣 200、500、1000、2000、5000、10000Ft
硬貨 1、2、5、10、20、50、100Ft
電圧 230V、50HZ
時差 マイナス8時間。サマータイム実施期間はマイナス7時間。サマータイムの実施期間は、3月最終日曜日から10月最終日曜日。
祝日 1/1 元旦、3/15 独立宣言の日、●3/27イースター、●3/28イースターマンデー、5/1 メーデー、●5/15 聖霊降臨際、5/16 聖降臨祭月曜日、8/20建国者聖イシュトヴァーンの日、10/23 共和国宣言の日、11/1 万聖節、12/25 クリスマス、12/26ボクシングデー
●=移動祝祭日
在留邦人数 945名(2003年1月現在)
電話国番号 36
緊急電話番号 警察107、消防105、救急車104

物価
上昇の兆しはあるので、今後はどうなるかわからないが、日本と比べるとかなりの安さ。観光ポイントの物価は日本とはさして変わらないが、ちょっと都市を外れれば、物価は安くなる。1食最低1200フォリントから最高でも2500フォリント程度。宿泊は40フォリントから130フォリント程度。
GDP 689億ユーロ(2003年)
一人当たりGDP
6,784ユーロ(2003年)
実質経済成長率
2.9%(2003年)
物価上昇率 4.7%(2003年)
失業率 5.5%(2003年)
主要貿易品目
(1)輸出 機械、加工品、食品
(2)輸入 機械、加工品、エネルギー
主要貿易相手国 (1)輸出 独(36%)、オーストリア(11%)、イタリア(6%)
(2)輸入 独(28%)、オーストリア(10%)、イタリア(8%)

気候
ハンガリーは北海道と同じ位置にあるが、気候は比較的温暖。日本と同様四季があるが、温度は寒いときは4.1度、厚いときは24.7度とあまり差がない。夏の日差しはかなりきついので、日焼け対策が必要ただ、日が落ちてからは涼しくなるので羽織れるものも用意しておくといいだろう。
現在の天気
Click for Budapest, Hungary Forecast

ビザ 90日以内の滞在にはビザは不要。学生ビザについては大使館にご確認ください。
パスポート 入国時にパスポートの残存有効期間が6ヶ月以上あること

大使館などの在日政府機関
ハンガリー共和国大使館 Embassy of the Republic of Hungary in Japan
〒108-0073 港区三田2-17-14
Tel:03-3798-8801/4 Fax: 03-3798-8812
在浜松ハンガリー共和国名誉総領事館 Honorary Consulate-General
〒432-8036 静岡県浜松市東伊場1丁目3-1 グランドホテル浜松内
Tel: 053-458-3230
在大阪ハンガリー共和国名誉総領事館 Honorary Consulate-General
〒541-8577 大阪市中央区久太郎町4丁目1-3 伊藤忠商事(株)大阪本社
Tel: 06-6241-3012
ハンガリー政府観光局 〒106-0031 東京都港区西麻布4-16-13 第28森ビル11F
TEL 03-3499-4953 FAX 03-3499-4944
営業時間 月〜木10:00〜17:00、金10:00〜14:30
休業日 土、日、日本とハンガリーの祝祭日

現地日本大使館
在ハンガリー日本大使館・総領事館 Hungary
Embassy of Japan
1125 Zalai ut 7, Budapest, XII Hungary (P.O. Box 78)
Tel: (36-1) 398-3100 Fax: (36-1) 275-1281

フィンランド共和国

フィンランド国旗バルト海の一番奥に位置するスカンジナビアは、、国の北部約3分の1は北極圏内にあり、広大な森林とともに、ムーミンやサンタクロースの故郷として知られ ている。ロシア、スウェーデン、ノルウェーと国境を接し、旧共産圏と西ヨーロッパを結ぶ鉄道、航路の中継点にあり、その中立的性格から国際会議が多く開か れる。「森と湖の国」と呼ばれるとおり、国土の69%が森林、10%が湖沼や河川に覆われている。白夜の影響で夜中でも釣りが楽しめたり、都市部の建築物 は建築好きにはたまらない。先進工業国で、インターネットの使用率が最も高い国の一つであり、携帯電話数が固定電話数を上回っている。


基本情報
正式国名&英語表記 フィンランド共和国 Republic of Finland
首都 ヘルシンキ
面積 33.8万km2(日本よりやや小)
人口 522万人(2003年末現在)、ヘルシンキ(約56万人、2003年9月現在)
人種 フィン人
言語 フィンランド語、スウェーデン語(全人口の約5.6%)(2001年)
宗教 福音ルーテル教(国教)、フィンランド正教
通貨 ユーロ
為替レート 1ユーロ=約135.8円(2005年5月29日)
紙幣 5、10、20、50、100、200、500ユーロの七種類
硬貨 1、2、5、10、20、50セント、1、2ユーロの八種類(1ユーロは100セント)
電圧 230V、50HZ
時差 マイナス7時間。サマータイム実施期間はマイナス6時間。サマータイムの実施期間は、3月最終日曜日から10月最終日曜日。
祝日 1/1新年、1/6顕現祭、●3/25聖金曜日、●3/27イースター、●3/28イースターマンデー、5/1メーデー、●5/5昇天祭、●5/16聖霊降臨祭、●6/24夏至祭イブ、●6/25夏至祭、●11/5諸聖人の日、12/6独立記念日、12/24クリスマスイブ 、12/25クリスマス、12/26ボクシングデー
●=移動祝祭日
在留邦人数 877人(2004年10月1日現在)
電話国番号 358
緊急電話番号 警察112、消防112、救急車112

物価
フィンランドの物価は他の北欧諸国同様、高い。安いものが少なく、何を購入するにもかなりのお金がかかるといえる。1食当たり,安くて6ユーロから高いと25ユーロと程度。宿泊費も安くて25ユーロから高いと140ユーロ以上。かなりの出費があると予測しておこう。福祉の進んだ国家は税金が高いため、物価も総じて高いといえる。
GDP 1,619億ドル(2003年、OECD統計)
一人当たりGDP
31,100ドル(2003年、OECD統計)
GDP成長率
1.9%(2002〜2003年、OECD統計)
物価上昇率 0.2%(2004年予測、OECD統計)
失業率 8.9%(2004年予測、OECD統計)
主要貿易品目
(1)輸出 通信機器、紙製品、木材、機械機器
(2)輸入 機械機器、電子機器、車
主要貿易相手国 (1)輸出 独、スウェーデン、米、英(2003年 フィンランド統計局)
(2)輸入 独、ロシア、スウェーデン(2003年 フィンランド統計局)

気候
フィンランドは緯度が高いので寒さは厳しいが、湿度が低いので、夏は大変しのぎやすい。日本と同様四季がある。スカンジナビア全体を暖めるメキシコ湾流の影響で、意外と気候は温暖。 寒いときは−15度程度まで冷え込むこともあるが、夏は30度を越える日もある。冬にはオーロラが観測できる。夏には白夜が楽しめる。
現在の天気
Click for Helsinki, Finland Forecast

ビザ シェンゲン条約加盟店15ヶ国合計で、滞在日数が3ヶ月日以内の場合は、ビザは不要。学生ビザについてはこちら
パスポート 必要な残存有効期間はフィンランドを含む海外での滞在期間数プラス3ヶ月。

大使館などの在日政府機関
フィンランド大使館 Embassy of Finland in Japan
〒106-8561 港区南麻布3丁目5-39
Tel:03-5447-6000
領事部受付時間:
月-火 木-金 09:00-12:00
水 09:00-12:00 & 13:00-17:00
在大阪フィンランド共和国名誉総領事館 Honorary Consulate-General of Finland in Osaka
〒542-8551 大阪府大阪市中央区南船場4-4-10
Tel:06-4704-3705
在札幌フィンランド共和国名誉領事館 Honorary Consulate of Finland in Sapporo
〒062-8611 札幌市豊平区平岸一条1丁目9-6
Tel: 011-813-2525
在北九州フィンランド共和国名誉領事館 Honorary Consulate of Finland in Kitakyushu
〒806-0004 北九州市八幡西区黒崎城石2-1 株式会社 安川電機内
Tel: 093-645-8801
在名古屋フィンランド共和国名誉領事館 Honorary Consulate of Finland in Nagoya
〒450-6101 名古屋市中村区名駅1丁目1-4 JRセントラルタワーズ
Tel: 052-564-5105
在長野フィンランド共和国名誉領事館 Honorary Consulate of Finland in Nagano
〒380-0935 長野市中御所5丁目1-18 吉田興産株式会社内
Tel: 026-228-3163
フィンランド政府観光局 〒100-0011 東京都千代田区内幸町1-1-1 帝国ホテル本館505号
Tel: 03-3501-5207 (テープ案内が流れますので、音声に従って電話を操作してください)
Fax:03-3580-9205 E-Mail このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。
オフィスオープン時間:平日 13:00-17:00

現地日本大使館
在フィンランド大使館 Finland
Embassy of Japan in Finland
Unioninkatu 20-22, 00130 Helsinki, Finland
Tel: 358 (0)9 686 0200       
Fax:  358 (0)9 633 012

フランス共和国

フランス国旗芸術の都としても名高いパリを首都に構えるフランスは、アート、食、流行の発祥の地としてもその名を馳せている。古くからの教会建築物や、ベルサイユ宮 殿、ロワールの古城など見所も多く、昔から多くの芸術家を引き付けてきた。地方ごとに異なる魅力があふれる都市では、アウトドアなども楽しめる。また、ワ インの名産地としても有名で、食文化も栄えているフランスは、EUの中枢を担う国としても期待される。


基本情報
正式国名&英語表記 フランス共和国 French Republic
首都 パリ
面積 54万7,000km2(日本の約1.5倍)
人口 6,168万人(2004年11月現在の推計)
人種 ケルト人、ゲルマン民族(フランク系、ノルマン系)等の混血
言語 フランス語
宗教 カトリック90%、プロテスタント1%、ユダヤ教1%、イスラム教8%
通貨 ユーロ
為替レート 1ユーロ=約135.8円(2005年5月29日)
紙幣 5、10、20、50、100、200、500ユーロの七種類
硬貨 1、2、5、10、20、50セント、1、2ユーロの八種類(1ユーロは100セント)
電圧 230V、50HZ
時差 マイナス8時間。サマータイム実施期間はマイナス7時間。サマータイムの実施期間は、3月の最終日曜の午前1時から、10月の最終日曜の午前2時まで。
祝日 1/1 元旦 Jour de l'An、●3/27 復活祭 Paques、●3/28 復活祭翌日の月曜日、5/1 メーデー Fete du Travail、5/8 第二次大戦終戦記念日 Le 8 Mai、●5/5 キリスト昇天祭 Ascension、●5/15 聖霊降臨祭 Pentecote、5/16 聖霊降臨祭の翌日、7/14 革命記念日(パリ祭) 14 Juillet、8/15 聖母昇祭 Assomption、11/1 諸聖人の祝日 Toussaint、11/11 第一次大戦休戦記念日 Fete de la Victoire、12/25 クリスマス Noel
移動祝祭日●=移動祝祭日
在留邦人数 32,372人(2003年10月1日現在)
電話国番号 33
緊急電話番号 警察17、消防18、医者付き救急車15

物価
フランスの物価は全体としては安いほうだといえる。ただ、パリに関しては一般よりもとかなり物価が高いので、長期で滞在する場合には予算も見据えて地域を決めたいもの。スーパーなどの食材に関しては安く感じる。一食あたりの費用は安くて4ユーロからで高くても30ユーロ程度。宿泊費は15ユーロから150ユーロぐらいまでと幅広い。
GDP 16,450億ドル(2002年、OECD統計)
一人当たりGDP
26,900ドル(2002年、OECD統計)
経済成長率
1.2%(2002、OECD統計)
物価上昇率 1.9%(2002年、OECD統計)
失業率 8.8%(2002年、OECD統計)
主要貿易品目
(1)輸出 電気機器、電子部品等、自動車、航空・宇宙機材
(2)輸入 自動車、電気機器、電子部品等
主要貿易相手国 (1)輸出 独、英、スペイン、伊、米(2002年)
(2)輸入 独、伊、米、スペイン、ベルギー(2002年)

気候
フランスの気候は、日本と同様に四季があり、気温は東京よりも低い。地域によって気候が異なるが、秋は雨が多く、パリなど北部は冬場はかなり寒い。一方南部は地中海性気候で非常過ごしやすい気候。 夏でも朝晩の温度差があるので、調節の聞く服装がいいだろう。冬は朝になっても暗いこともある。
現在の天気
Click for Paris, France Forecast

ビザ 観光目的で、3カ月以内の滞在なら不要。学生ビザについてはこちら
パスポート 入国時に3カ月以上の残存有効期間が必要

大使館などの在日政府機関
フランス大使館 Embassy of France
〒106-8514 港区南麻布4丁目11-44
Tel:03-5420-8800
在大阪・神戸フランス総領事館 Consulate-General of France in Osaka-Kobe
〒540-6010 大阪市中央区城見1丁目2-27 クリスタルタワービル10階
Tel: 06-4790-1505
在長崎フランス名誉領事館 Honorary Consulate of France in Nagasaki
〒850-0862 長崎市出島町3-10 (株)澤山商会内
Tel: 095-823-1221
在福岡フランス名誉領事館 Honorary Consulate of France in Fukuoka
〒810-8570 福岡市中央区天神1-11-17 福岡ビル
Tel: 092-732-4658
在新潟フランス名誉領事館 Honorary Consulate of France in Niigata
〒950-0092 新潟市上所上1-8-14 ネットワークビル2F
Tel: 025-282-2988
在広島フランス名誉領事館 Honorary Consulate of France in Hiroshima
〒730-0037 広島市中区中町5-23 広島テレビ別館2階
Tel: 082-245-8576
在名古屋フランス名誉領事館 Honorary Consulate of France in Nagoya
〒467-8530 名古屋市瑞穂区須田町2丁目56 日本ガイシ(株)内
Tel: 052-872-8640
フランス政府観光局 〒107-0052 東京都港区赤坂2-10-9ランディック第2赤坂ビル9階
TEL 03-3582-6965 (音声ガイダンス)
営業時間 9:30〜12:00 13:00〜17:00
土曜、日曜、祝日、7月14日、12月25日は休み。

現地日本大使館
在フランス日本大使館・総領事館 France
Ambassade du Japon
7, Avenue Hoche, 75008, Paris, France
Tel: (33-1) 4888-6200 Fax: (33-1) 4227-5081
在フランス大使館は、在アンドラ大使館を兼轄する。
在ストラスブール総領事館 Strasbourg
Consulat General du Japon
"Tour Europe", 20, Place des Halles, 67000 Strasbourg, France
Tel: (33-3) 88-52-85-00 Fax: (33-3) 88-22-62-39
在マルセイユ総領事館 Marseille
Consulat General du Japon
70, Avenue de Hambourg, 13008 Marseille, France
(B. P. 199,13268 Marseille Cedex 08, France)
Tel: (33-4)91-16-81-81 Fax: (33-4)91-72-55-46
在リヨン出張駐在官事務所 Bureau Consulaire du Japon
131, boulevard de Stalingrad
69100 Villeurbanne, France
Tel: (33-4)37-47-55-00
Fax: (33-4)78-93-84-41

ブルガリア共和国

ブルガリア国旗 ブルガリア地図ブルガリアは位置的にはヨーロッパにあるが、長い間トルコの支配下にあったため、どことなくアジアの雰囲気の漂う国だ。現在でもトルコ系 の移民が多く、モスクと教会が混在するなど異国情緒があふれ、独特の雰囲気をかもしている。歴史的遺物が多く残る国だが、民主化から10年以上たち、いろ いろな面で変革がなされている途中と言える。

基本情報
正式国名&英語表記 ブルガリア共和国 Republic of Bulgaria
首都 ソフィア
面積 11.09万km2(日本の約3分の1)
人口 797万人(01年3月)
人種 ブルガリア人(約80%)、トルコ系(9.7%)、ロマ(3.4%)等
言語 ブルガリア語
宗教 大多数はブルガリア正教(ギリシャ正教等が属する東方教会の一派)。他に回教徒、少数のカトリック教徒、新教徒等
通貨 レフ。複数形はレヴァ。補助通貨はストティンキ
為替レート 1Lv=約67.78円(2005年6月3日)
紙幣 1、2、5、10、20、50Lv
硬貨 1、2、5、10、20、50stotinki
電圧 230V、50HZ
時差 マイナス7時間。サマータイム実施期間はマイナス6時間。サマータイムの実施期間は、3月最終日曜の深夜2:00から10月最終日曜の深夜2:00まで。
祝日 1/1 元旦、3/3解放記念日、●イースター、●イースターマンデー、5/1メーデー、5/6聖ゲオルギーの日、ブルガリア軍の日、5/24ブルガリア文化とスラブ文字の日、9/6統一記念日、9/22独立記念日、11/1民族復興運動指導者たちの日、12/24クリスマスイブ、12/25クリスマス 、12/26ボクシングデー
●=移動祝祭日
在留邦人数 133名(2004年10月現在)
電話国番号 359
緊急電話番号 警察166、消防160、救急車150

物価
ブルガリアの物価は税金が含まれて居るにも関わらず、非常に安い。1食当たり安ければ8レフから高くて20レフ程度でしっかりと食べられる、宿泊も安いと40レフから高くても100レフ程度。かなり節約できそうだ。
GDP 198.6億米ドル(2003年、ブルガリア統計局)
一人当たりGDP
2,538米ドル(2003年、ブルガリア統計局)
経済成長率
4.5%(2003年)
物価上昇率 2.3%(2003年)
失業率 13.52%(2003年)
主要貿易品目
(1)輸出 衣服、靴、鋳鉄類、非鉄金属、機械類、石油製品
(2)輸入 繊維、原油・天然ガス、機械類、運送設備、プラスチック・ゴム
主要貿易相手国 (1)輸出 イタリア、ドイツ、ギリシャ、トルコ
(2)輸入 ドイツ、ロシア、イタリア、ギリシャ

気候
ブルガリアの気候は地域によって異なり、南部は夏は高温乾燥、冬は温暖湿潤の地中海性気候で、北上するにつれて大陸性の特徴が強まり気温の年較差が大きくなり、冬季の寒さが厳しくなる。また北部では夏季の降水量も多い。
現在の天気
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ビザ 観光目的で30日までの滞在なら原則としてビザは不要。。学生ビザについてはこちら
パスポート 入国時にはパスポートの残存有効期間が6ヵ月以上あること。また、帰りの航空券が必要。

大使館などの在日政府機関
ブルガリア共和国大使館 Embassy of the Republic of Bulgaria in Japan
〒151-0053 渋谷区代々木5丁目36-3
Tel:03-3465-1021/22/23/24、03-3465-1026/28/30
在横浜ブルガリア共和国名誉領事館 Honorary Consulate of Republic of Bulgaria in Yokohama
〒221-0014 神奈川県横浜市神奈川区入江1-6-18
Tel:045-433-0180
管轄:近畿、中国、及び神奈川、愛知、静岡、岐阜
ブルガリア政府観光局 〒106-8308 東京都新宿区西新宿6-3-1 新宿アイランドウイング5階 クラブツーリズム内
TEL 03-5323-8507 FAX 03-5323-6751
営業時間 10:00〜17:30 休業日 日・祝。

現地日本大使館
在ブルガリア大使館 Bulgaria
Embassy of Japan
Ul Lyulyakova Gradina 14, Sofia, Bulgaria
Tel: (359-2) 971-2708 Fax: (359-2) 971-1095

村田理夏子さん/ピアノ/ベルリン芸術大学講師/ドイツ・ベルリン

「音楽家に聴く」というコーナーは、普段舞台の上で音楽を奏でているプロの皆さんに舞台を下りて言葉で語ってもらうコーナーです。今回はドイツ・ベルリンでベルリン芸術大学講師として、そしてピアニストとしてご活躍中の村田理夏子(ムラタリカコ)さんをゲストにインタビューさせていただきます。「ベルリン芸大や音楽留学」をテーマにお話しを伺ってみたいと思います。
(インタビュー:2007年3月)


ー村田理夏子さんプロフィールー

ベルリン芸大ピアノ科講師村田理夏子さん
村田理夏子さん

東京藝術大学卒業。ドイツ政府給費留学生(DAAD)としてベルリン芸術大学に留学し、パスカル・ドゥヴァイヨンに師事。マリアカナルス国際コンクール入賞、ポルトー国際ピアノコンクール3位など多数受賞。ベルリン交響楽団に毎年ソリストとして招待され、ピアノ協奏曲の公演は15回以上。ベルリン芸術大学では、DAADのほか、Nafög奨学金、ロームミュージックファンデーション、ヒンデミット財団各奨学生として研鑽を積み、2000年には最高点、首席にて卒業し、”国家演奏家コース”へ進学。現在国家演奏家試験を準備する傍ら、ベルリン芸術大学講師として後進の指導にあたる。クールシュベール夏期国際音楽アカデミーなどにも講師として招待される。近年は、パスカル・ドゥヴァイヨンとピアノデュオ活動を本格化。2008年11月にはメシアン生誕100年を記念した2台ピアノCDリリースにあわせ日本全国で演奏ツアーを開催予定。これまで、矢部民,高良芳枝、ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ、浜口奈々、パスカル・ドゥヴァイヨンの各氏に師事。



―  音楽に興味を持ったきっかけはどんな事ですか?

村田 兄が当時エレクトーンを習っていて、私は兄の真似をしたくて仕方がありませんでした。ヤマハの音楽教室だったと思いますが、通っている兄を母と迎えに行く度に、音楽を習っているのがうらやましくてうらやましくて(笑)。勝手に飛び込んで自分で鈴を振ったりしていました。今から思えば、それがきっかけだと思いますね。

―  クラシックはどのように始められたのですか?

村田 クラシック自体は最初からだったと思います。クラシックの曲を弾いていた兄を真似て演奏していた頃からですね。 

―  親御さんが子供を音楽家にしようと思っていたわけではないですよね?

村田 それは無かったと思います。ただ母が小さい頃に自分でピアノをやりたかったようです。でも自分がピアノを持つことが出来なかったので子供にはぜひピアノを習わせたいとは思っていた様です。

―  ご自分の家にピアノはありましたか?

村田 その辺の記憶が定かではないのですが、私が音楽教室に通い始めた頃、兄のためにエレクトーンを買ったのが最初だと思います。幼児科コースが始まって一年くらいしてからでしょうか。小学校低学年の頃にアップライトピアノを買ってもらった記憶があります。

―  その後、東京芸大を卒業してベルリン芸大へ留学をするわけですが、留学をしようと思ったきっかけは何かありますか?

村田 当時、海外の先生が日本にいらっしゃる機会があればレッスンを受けていました。でも、それは留学先の先生を探してというわけではありませんでした。そんな中、大学のころにパスカル・ドゥヴァイヨンのレッスンを受ける機会がありました。非常に高度な要求をするレッスンでしたが、当時学んでいた日本の先生と方向性が大変似ていたこともあり、この先生に是非付きたいと強く感じました。ただ、留学は日本の大学を卒業してから、という思いがなんとなくあり、大学卒業前に留学するという考えは、当時はありませんでした。
 

ベルリン芸術大学パスカル・ドゥヴァイヨンと
パスカル・ドゥヴァイヨンと

―  ドゥヴァイヨン先生は、その当時からベルリン芸大にいらしたのですか?

村田 私が大学三年生の頃はフランスのコンセルヴァトワール(パリ国立高等音楽院)で教鞭をとっていました。先生にパリ国立高等音楽院に行きたいという意向をお話ししたら、パリ国立高等音楽院入学の年齢制限が二十二歳未満なので日本の大学を卒業すると間に合わないと言われました。その為、当時はドゥヴァイヨン先生に付く事は諦めていました。でも留学したいとは思っていて「どこか他を探さなきゃ」と、いろいろな先生の候補を頭に入れていました。ところが四年生の終わり頃、ドゥヴァイヨン先生がベルリン芸大に移られるらしいという噂が流れてきました。ドゥヴァイヨン先生にすぐ確認したところまだ迷っているけど恐らくそうなると思う、という話で、すぐにドイツ語の勉強を始めました。

―  ドイツに行きたかったわけではなく、先生がたまたまドイツに来たからドイツに行こうとなったんですね?

村田 そうですね。私が日本でお世話になった先生方がみなさんフランスで勉強をされていましたので、最初は私もフランスかなと思っていたのですが、年齢制限で行けなくなってしまったので、さてどうしようかなと思っていたところです。ですので先生が、ベルリンに丁度来られるというのは本当に良いタイミングでした。

―  もしかしたら留学をしないという選択肢もありましたか?

村田 先輩などが留学されているのをみて、留学したいと思ってはいましたが、タイミングがずれていたら行かなかったかもしれないですね。前もって必ず留学するとは決めていなかったので、大学4年の終わりにもう一度ドゥヴァイヨン先生のレッスンを受け、ベルリン芸大を受験してよいかどうか伺い、受験が決まったときには、周りにいろいろ調整をしてもらいました。受験は年齢が若い方が良いといわれ、その当時二十三才になる直前でしたので、両親にはその日に突然、ベルリン芸大を受けるからと伝え(笑)あわただしく留学が決まりました。
 

ベルリン芸術大学
ベルリン芸術大学へ向かう道

―  ベルリン芸大は、ドイツ語の試験も厳しいですよね?

村田 その当時はドイツ語の試験がありませんでした。何か語学力を証明するものを送るようにとは書いてあったと思うのですが「学校に入学したら自分で頑張ってドイツ語を勉強します」という文書を添えて入学試験を受けました(笑)。今(2007年3月時点)は学校要綱に入学時点でドイツ語中級修了書を取得する必要があると記載されています。ただこの件に関しては状況によりますので、中級終了をお持ちでない方でも、ベルリン芸大の受験を希望される方は、学校の“ピアノ科”に直接お問い合わせいただければと思います。

―  ベルリン芸大の外国人比率はどの程度ですか?

村田 ドイツ人を探すほうが難しいですね(笑)。ピアノ科にはあまりドイツ人はいないと思います。アジア人、特に中国人や韓国人などが多いです。受験割合は、完全に韓国人が多いのですが日本人もそれなりにいます。私のクラスにも全部で二十名程度いますが、ヨーロッパ人は少しだけでアジア人がほとんどです。もちろんクラスにもよりますが、ドイツ人がいっぱいいてアジア人が少し、という状態ではなく、アジア人がたくさんいて、ドイツ人が少しという状況ですね。

―  ドイツ語で皆さん話されているのですか?

村田 そうです。

―  ドイツ語を話すけど、見た目がアジア人という(笑)。

村田 よく笑われるんですよ(笑)。中国人、韓国人、日本人などアジア人同士が話す時にドイツ語になるのですが、それを見るとヨーロッパの人達はおかしいみたいですね。

―  現在、ベルリン芸大は何名くらい受験者がいるのですか?

村田 年によってばらつきがあるのですが、受験をされる方は、少ない時で60人ぐらい、多い時だと100人ぐらいです。申し込み自体は、本当にものすごく多いです。昔のベルリン芸大は一次試験のみで合否が出たのですが、今は世界中からの受験が増えたこともあり、二次審査まであります。

―  合格者は何名くらいですか?

村田 毎年何人と決まっているわけではないので、その年のレベルによるのですが、少ない時で4名、多い時で14人位です。

―  先生の空き状況は関係ないのですか?

村田 合格不合格に関しては関係ありません。最初に、まず合否が出ます。その後、合格者に先生の希望がある場合には、その先生にご連絡して了解を得られれば受け入れてもらえます。特に希望がない場合には、学校側で担当の先生を提案します。

―  例えば、合格する方が10人いて、先生の空きが5人しかなくて、5人余ってしまうという場合はあるのですか?

村田 全体としては、絶対にどこかの先生のクラスに入れます。ただ希望の先生のクラスには入れない事がありますね。場合によっては、半年待てば卒業生が出て席に空きが出るので入学を半年遅らせる方もいます。

―  そんな事も可能なんですね。

村田 合格していれば大丈夫です。

―  皆さん、どうやって学校に入れるか(という)噂ばかりなので正確な情報は助かります。

村田 本当に噂ばかりですね(笑)。先生とコンタクトを取っていれば入れるとか(笑)。学校によってはあるかもしれないのですが、ベルリン芸大に関してはそれはありません。いくら先生と連絡を取っても入試に合格しないと入学できません。

―  皆さん、自分に都合の良いように解釈されて「こんな事をどこかで聞いたのだけど本当ですか?」と全く知らないお話しをよくお聞きします(笑)。基本は、入試を受けて合格するということですね?

村田 そうですね。先生方は、どの学生がどの先生を希望しているのか事前に分かっていますので、合格者リストから先生が学生を選んでいきます。先生は二十人以上学生をとってはいけないなどという決まりがあるわけではないので、先生の時間が許す限り学生をとることができます。
 

ベルリンフィルハーモニーホール
ベルリンフィルハーモニーホールで

―  村田さんは、すでに10年ほどドイツで生活していますが、ドイツで音楽を勉強したり活動することで良い点、悪い点はありますか?

村田 私が知っているのはドイツでもベルリンだけになるのですが、良い点というのは日本人だからあるいはアジア人だからという偏見が感じられないことです。音楽に関しては扉が大きく開かれていると思います。そこがベルリンに来てからびっくりしたところであり嬉しいところですね。

―  具体的にはどういう意味で扉が開かれているのですか?

村田 例えば学校のクラスで公の発表会というものを行っているのですが、一般のおじいさんおばあさんなどがその発表会にいらっしゃいます。音楽の好きな方がベルリンの町に溢れている様で、学校のクラス発表会がいつ予定されているかという事を特別に宣伝しなくてもお客様がご自分で探して見にいらっしゃいます。アジア人が弾こうが、ヨーロッパ人が弾こうが学校の発表会でもたくさんいらっしゃいます。そういう所が、よく言われることですが、音楽の伝統や文化がベルリンの街に染み込んでいるのでしょうね。また、教会、病院、学校、施設などでも演奏する機会は探そうと思えばたくさんあります。日本の大学にいた時は、試験の時くらいしか人前で弾く機会はありませんでした。でも、演奏家は、演奏する機会を一番求めていると思います。演奏することで学ぶことも多いと思います。そういう機会をベルリンではたくさん提供していると思います。

―  日本の場合、努力しないとコンサートや演奏機会を得るというのはなかなか難しいですよね。

村田 弾かせて頂く、みたいになってしまいますしね。

―  学校の発表会でもたくさん入るのですか?

村田 はい、本当にたくさんの方が来られます 。「今回は、誰が弾くのですか?」とお客様が聞かれます。ベルリンでは、発表会を楽しみにしていらっしゃる方がとても多いですね。

―  一般のお客さんがたくさん入るというのは、素晴らしいですね。そういう事が日本でも根付くといいのですね。逆に悪い点は、ありますか?

村田 悪い点は、受身でいたらおいていかれる、というところでしょうか。ある程度自分を主張しないと“存在”できません。黙っていても相手が分かってくれるだろうということは全く通用しませんね。
 

トリオの仲間と共に
トリオの仲間と共に

―  ドイツに留学するために重要なことは何かありますか?

村田 一番大事なのは語学です。「音楽を勉強する」ということだけであれば、一番大切な事は「良い先生に出会う」ことだと思いますので、日本でも勉強できると思うんです。「留学する意味」というのは、その土地や文化、伝統をそこに住む事で感じる事ですよね。音楽は、人間性そのものの集大成だと思いますから、人間自体の深みを増すことが一番の目的であって欲しいと思います。外国に来て初めて思ったのですが、良い悪いは別にして日本はやっぱり島国だと思いました。ほかの国と地理上接していないので、他の文化に触れる機会が非常に少なくなります。場所が変われば、文化はもちろん、人や自然、鳥のさえずりなども、同じ物であるはずなのに不思議と違って感じられます。「土地が変わる」事を体験することで、自分の視野が広がり、いろいろな文化の中で生きている人たちを肌で感じ、自分が変わっていきます。感じとるためには生活がすべての基礎になるので、言葉が重要な手段になると思います。言葉が出来るか出来ないかで、相手の心の扉を開く鍵を持っているか持っていないかほどの違いが出ます。語学を事前に勉強していないと、大学に入っても結局しばらくの間、語学学校に通うことになります。そうすると語学留学に来たようなことになるのでもったいないですよね。数年の留学期間しかないのに語学力ゼロで大学に入ると一年ぐらいは留学期間を棒に振ってしまうことも多いと思います。それではもったいないと思うので少しでも前もって語学を勉強してくる事が大事だと思います。

―  音楽をやる方は、語学はやらなくてもいいやという方が多いですよね。

村田 そうなんです。ジェスチャーで分かるんじゃないかと思われるようですが、やっぱり言葉で深いことを伝えることが多いと思います。ジェスチャーで伝わる部分ももちろんありますが、語学が分かったら、本当は先生はこんなことを言っているのになぁ、という残念な事がよくありますよね。

―  本当はもっと深いことを言っているのに、感覚や見た目で真似る事しか伝わらないということですよね。

村田 そうですね。一回のレッスンで本当にたくさんのことを勉強できるので、語学が分からないとそれは本当にもったいないと思います。
 

パスカル・ドゥヴァイヨンと
パスカル・ドゥヴァイヨンと

―  ドイツで仕事をする上で、日本人が不利な点、有利な点はありますか?

村田 先生になる事やオーケストラに入るとなると、ドイツ人に優秀な方がいればそちらの方が有利だということはありますね。ただ、演奏会となると、私が知っている範囲ではアジア人ということで不利な点はないと思います。

―  村田さんにとってクラッシック音楽は何でしょうか?

村田 私が自分らしく、素直になれ、自然でいられる場所ですね。

―  演奏している時が一番ですか?

村田 演奏にしろ、練習にしろ、音楽自体に関わっている時ですね。西洋音楽というものは、私達にとって外国人の音楽ということではなく、やはり同じ“ひとりの人間”が書いたものなので、ある程度人間として共通した何かがあると思います。楽譜から作曲家が残していったメッセージや何を言おうとしているかを読み取り、自分なりの言葉でそれを表現することで、音楽そのものからエネルギーをもらい、五感を蘇らせてもらえるのだと思います。そういう意味で、一番好きな場所ですね。

―  自分の中にエネルギーがみなぎってくるわけですか?

村田 もちろん必ずしも元気のある曲ばかりとは限らないのですが、音楽は人間の根本である五感に触れるものですよね。いろいろな意味の感性が私の中で研ぎ澄まされ、そのことによって音楽からエネルギーをもらうという事でしょうか。音楽には、どういう表情であれ、何らかの形で作曲家の思いがぶつけられていることが多いと思います。そういう意味で、音楽は人間が残した“生きたもの”といえると思います。

―  楽譜を見ていろいろ演奏していくと、作曲家のイメージが出来てきますか?

村田 そうですね。楽譜だけではなくて、その人の生きてきた道や性格など、どういう人だったかが分かってくると面白くなってきます。
 

クールシュベール夏期国際音楽アカデミー
クールシュベール夏期国際音楽アカデミー

―  今後の音楽的な夢を聞かせていただいてよろしいですか?

村田 最近は、教えることが楽しくて仕方ありません。ですので私の夢は良い指導者になるということです。演奏することももちろん楽しいので絶対に続けていきたいのですが、演奏家になるか指導者になるかと言われたら、私は指導者になる事を選ぶと思います。

―  指導者としてどのような事が面白いのですか?

村田 わが子を見るような感じで(笑)生徒それぞれの成長を目の当たりにするという点でも面白いとは思っているのですが、なによりも教えることで自分が勉強できることが凄く大きいのです。教える事は、言葉で表現する必要があり、伝える難しさがあるので、自分自身でもいろいろと考え直します。教えることは、自分が勉強させてもらうということですね。

―  自分の勉強になるということですか?

村田 勉強になります。例えば、生徒さんがある質問をしますよね。それで私がそうではなくて、こういうふうに演奏したほうが良いと思う、と言ったとしてもそれは私の感性でしかないですよね。みんな同じように感じるわけではないですから。例えば何でここを少し暗く演奏したいのかという理由がないと相手は理解できないですよね。でも、楽譜をよく見るとそこに理由がちゃんとあるんです。楽譜には作曲家のメッセージの全てがあって、それを読み取り説明できるかどうかという事でしょうか。

―  演奏だけをやっていた時は感性の部分が多かったけれど、教える場合は、音楽を違う場所から眺めるということですか?

村田 音楽に対してより厳密になりますね。感性の部分が先には立つのですが、良い指導者になるには、説明が出来ることだと思います。

―  説明できないと、生徒さんはなぜという疑問が残るわけですね。

村田 そうです。たとえば良くないことを良くないとだけ言うのは簡単ですが、その理由を説明することが大切です。説明した後は、それを生かして生徒自身が自分で判断できるようにならないといけないと思っています。

―  生徒自身が、修正された理由が分かれば、今後その人自身で噛み砕いていけるということですか?

村田 そうですね。「僕は、こう思っている」と生徒の方から話をしてくる場合もあるので、その場合には、そういう考え方もあるのかと思い更にお互いに学ぶということもあります。

―  日本人の生徒さんはいろいろ意見を言ってきますか?

村田 非常に受身ですね。「私の音楽を演奏してもらっているわけじゃないんだから」とよく言うのですが、私が言ったことをそのまま生徒に弾いてもらう場合、それは、私の演奏を私の代わりに生徒に弾いてもらう事になるので生徒にとって意味がありません。よく「何がしたいの?」「何を感じる?」と聞くと答えに困る生徒が多いです。「間違っているかもしれない」と思って、答える事を恐れてしまうんですね。「音楽にはこれという正しいひとつの答えは無いんだよ」と最近言うようにしています。もちろんベートーベンをショパンのように弾いてはいけないなど最低限の約束事はありますが、何よりもまず「どう弾きたいか」ということが、それぞれの生徒の心と頭になければいけないんです。

―  最初は、反応が無かったとしても一年位経てばいろいろ意見が出てくるようになりますか?

村田 なってきますね。私は普段生徒に質問した場合には言葉が返ってくるまで待ちます。そうすることで、考えるということを養ってもらいたいのです。こちらが何か言ってしまうと何も答えてくれなくなります。私自身もドイツに留学して最初のレッスンだったと思うのですが、先生に「もっと自分で考えてきて」と言われた時に、何を考えていけば良いのか分かりませんでした。それまで自分は下書きの絵を持っていき、先生に色をつけてもらうと考えていたんです。でもドゥヴァイヨン先生に、「自分で絵を提示してくれなければ教えられない」と言われ、目が覚めました。

―  日本の教育はどちらかというと受身ですか?

村田 人によって違うとは思いますが、先生に何か言ってもらって直すと思っている人もまだ多いと思います。判断を先生に仰ぐのです。例えばレッスンで、生徒に弾き直してもらうとします。さっき弾いたものと今弾いたものの何が変わっているかを自分で判断できない人が多いですね。弾き直してもらった後に、こちらをぱっと見るんですよ。「こちらに答えはないよ。今のは自分ではどうだったの?」と聞くと、「分からない」といいます。先生が止めれば悪く弾いた事になるし、止めない場合は良かったのかなと思うのでしょうね。それでは将来独り立ちすることができません。
 

モロッコのフェスティバル
モロッコのフェスティバル

―  夏期講習など短期で行かれる方は、特に今言われたような事が多いのですか?

村田 そうですね。教える側の立場から言うと短期で教えるのは非常に難しいです。その人と二度と会わないかもしれないので、この人の将来に大事だろうなと思われるところをすばやく見つけないといけません。去年の例では、フランスまでわざわざ講習会を受講しに来ているのに、演奏すること自体を恐がってレッスンで思うように演奏できない方もいました。「どんなことでも世の中の百パーセントの人に認めてもらえるということはない。同じ演奏を聴いても、よく言ってくれる人もいれば、けなす人も絶対にいるのだから、どうせならびくびくしないで好きなように弾いたら(笑)?」と言ってほぐしたりすることもありました。そういう生徒さんの場合は、出来るだけ対話をします。話しをするとほぐれてくるのです。音楽は人間性がどうしても演奏に出てしまいます。人間の中身が変わってくると演奏も変わってきますよね。

―  演奏には、自分の持っている内面が全部出てしまうんですね。

村田 音楽を通して、人間としての内面を高めることが最大の目的だと思っています。個人的には、有名になろうとか一旗あげようではなく、違うところに目標をおいて音楽を学んで欲しいなと思います。

―  そこで(笑)、音楽で成功する条件や秘訣はありますか?

村田 秘訣があるなら私も知りたいです(笑)。でも一つは積極性だと思います。待っているだけでは絶対駄目。駄目元で行動を起こすことが必要で、行動を起こすことにおいてはアイデアがすごく必要な時代だと思いますね。どんなものが今求められているのか、アンテナを絶えず張ってアイデアを出し、新しいものを発信していく必要があると思います。

―  今後、音楽留学をしたいと思っている方にアドバイスをいただけますか?

村田 先ほども申し上げましたが、語学は絶対に大事だと思います。それから留学する目的をきちんと考えてから留学された方が良いと思います。同年代の友達が行き始めたからと言って、焦って出ていくケースも多い様です。自分の目的が曖昧になってしまうと、留学自体を棒に振ってしまうことになりかねないと思います。慣れ親しんだ日本から離れて外国に住むということは、思ったより精神的な強さが必要だと思います。何のために留学をしたいのか最初にはっきりとした目標があって留学をされる方がいいと思いますね。

―  どうもありがとうございました。



村田先生のドイツ音大入試準備コースが開催!
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木下香里さん/ピアノ/ウィーン国立音楽大学アレキサンダー・ロスラー教授・アンドビジョン特別プログラム/オーストリア・ウィーン

音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、夏期講習会、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

 

木下香里さん
木下香里さん

木下香里さんプロフィール
5歳より電子オルガン(ヤマハエレクトーン)を始める。中学で吹奏楽部(クラリネット)に所属し、京都地区大会金賞受賞。高校でヤマハのアンサンブルフェスティバルでエリア大会、京都地区大会優秀賞を経て、関西大会に出場。ヤマハエレクトーン演奏グレード4級、ピアノ演奏グレード5級、指導グレード4級を取得。Jet会員。私立光華女子大学文学部英米文学科卒業。アンドビジョン特別プログラム「ウィーン国立音楽大学アレキサンダーロスラー教授 」のレッスンを受講。

—  木下さんはいつ頃、楽器を始められたのですか?

木下 小学校に入る少し前から電子オルガンをヤマハのエレクトーンで習い始め、大学在学中までずっと続けていました。レッスンには30歳過ぎまで通っていました。

—  どのような練習をされていたのですか?

木下 子どものときは音楽教室の中でグループレッスンをしていました。エレクトーンやシンセサイザーなどのキーボードで、みんなでバンドを組むような形で練習をしていました。

—  ではその頃から誰かと一緒に演奏する楽しみがあったのですね。

木下 そうですね。一緒に習っていた当時のお友達と一緒にヤマハの中の大会に出場していました。

—  どのような曲を演奏されていたんですか?

木下 小さい頃は子供用のレッスンをしていました。高校生くらいからはポピュラーな曲が多かったですね。当時流行っていたティースクエアなどのフュージョンを演奏していました。自分が好きなのは、ジャズやボサノヴァでした。そういうジャンルの曲をレッスンで演奏するようになったのは、大人になってからです。

—  ピアノの経験は?

木下 高校生のときに電子オルガンの指の練習のために少しだけ始めました。そのときは、すぐに辞めてしまったので、きちんと習ったわけではないんです。ただ、もともとピアノに興味も憧れもあったので、大学を卒業する1年くらい前(大学3年生後半くらい)にきちんと習いたいと思い始め、大学卒業後にレッスンを受けるようになりました。

—  どんな曲で練習されていたんですか?

木下 クラシック系の音楽でした。ハノンとチェルニーの30番を先生に渡されて、練習していました。曲らしい曲は弾かないで、ソナチネくらいから始めましたね。

—  それからはピアノを続けていたんですか?

いえ、この時期にヤマハの演奏グレード5級を取得して辞めました。いままでエレクトーンでポピュラー音楽を演奏していたのとはだいぶ違い、ピアノでは思うように進まなくて……。それで長い間ほったらかしにしていたんです。

—  もう一度、ピアノをされようと思ったきっかけはなんですか?

木下 たまたま、前のエレクトーンの先生がピアノのレッスンもされていることがわかり、このまま中途半端で終わるのは嫌だなと思っていたので、もう一度やり直してみようと思ったんです。一度、挫折してから再開するまで、けっこう間が空いていたんですが。

—  ピアノをきちんとしたいという気持ちはずっとあったんですか?

木下 そうですね。中学のときにブラスバンドをやっていたので、クラシックはたくさん聴いていて大好きだったんです。ただ、当時は同時にビートルズなども聴くようになって、エレクトーンがポピュラー音楽に適した楽器だったこともあり、そちらばかりになってしまっていったんですね。クラシックに興味がなくなったわけではないんですが、なんだかしっくりこなかったんです。なので、ピアノを再開したのは、その先生との出会いがやはりすごく大きいですね。やってみようかな、という気持ちにさせてくださるような先生だったんです。

—  背中を押してくれたんですね?

木下 ピアノのレッスンはこういうレッスンだと思っていたのとは、まったくちがうレッスンだったんです。鍵盤はいっぱい触っているのにピアノの経験はない、なのに変に知識があって、和声もわかって、楽譜も読める、でも弾けないという障害がずっとあったんです。テクニックを練習すれば弾けるのかと思いきや、テクニック、イコール曲を弾くことには結びつかなかったり……。そんなときに、先生が「テクニックにばかりこだわらなくても、1曲を練習していく中で自然とテクニックが身に付いていくことはたくさんあるから、曲をいろいろと研究するのがいいんじゃないですか」と方針を示してくださったんです。
 

シューベルトが『菩提樹』を作曲したゆかりの木の下で
シューベルトが『菩提樹』を作曲したゆかりの木の下で

—  今回、留学をピアノでされようと思ったきっかけは何ですか?

木下 現在先生についてから、もう一度日本の社会人を受け入れてくれる音大を受験しようかと思い先生に相談しました。先生から、同じエネルギーを使うならウイーンで短期でも講習会でも参加される方が良いかと思います・・とおっしゃってくださった事がきっかけでした。

—  留学先の先生を選んだきっかけは何ですか?

木下 ぜんぜん先生の知識がなく、選ぶ基準も分からなかったので、アンドビジョンさんに勧めてもらったことと、ホームページに載っているプロフィールとお写真を見てインスピレーションで決めました(笑)。

—  インスピレーションで決められたというのもすごいですね。

木下 いまの日本の先生に「文章と写真を見て感じた感覚も大切にされたほうがいいですよ」と言われたのも大きかったですね。

—  お会いしてみていかがでしたか?

木下 気遣いをしてくださるとても温かい先生でした。初めてのレッスンがウィーンについた翌日だったのですが、「初めてのウィーンはどうですか?」とか「昨日はぐっすり眠れたの?」とか、ちょっとした会話で私の緊張をほぐしてくれるような言葉をかけてくださる方でした。

—  レッスンの内容はいかがでしたか?

木下 決して甘くなく、きちんと指導してくださいました。一番印象に残っているのは、精神面と健康面のお話です。ピアノを弾く心と身体のあり方というのをお話してくださいました。やはりピアノはパフォーマンスで人に聴かせるものだから、弾いている本人が緊張していたり、窮屈な気持ちで弾いていたりすると、聴いている方はもっと窮屈だし、決して気持ちのいいものではなくなってしまう。聴いてくれる人にもっと居心地よく気持ちよく聴いてもらうには、まず自分がリラックスした心と居心地のいい精神状態とでなければいけない、と言われました。それから、座ったときの姿勢も教えてくださって、体全体がリラックスした状態で弾くべきだということも教えくださいました。

—  なるほど。

木下 多くの生徒さんがそうで、君だけじゃないけど、急いで上手になりたいとバーっと弾いてしまうけれども、それは本人も聴いている方も決して気持ちのいいものではないから、そうではない正しい練習の方法を意識しなければいけない。それは遠回りに感じるかもしれないけれども、一番確実に少しずつできる練習方法だよ、と言って、レッスンも本当に丁寧に指導してくださいました。基礎の練習、曲を弾く前の練習、曲を1曲ずつ仕上げていくときの練習、とひとつずつ教えてくださって、それは本当に目からウロコでした。

—  先生のプロフィールにも丁寧な指導、とありましたが、その通りだったんですね。

木下 そうですね。最後に先生は、「本当は君と『ここはどういうふうに弾く?』とディスカッションしながら弾きたかったけど、時間もないので僕が一方的に言ってしまったけどね」とおっしゃっていましたが、その言葉からも未熟な私のことも本当に尊重してくださっているのは、伝わってきました。

—  レッスン中、先生が弾いてくださることはあったんですか?

木下 ここは上手く弾けない、指使いが分からない、腕の使い方がよくないといったときは、先生が見本を示してくださいました。初めて先生の音を聴いたときは、クリアできれいで涙が出てきました。先生自身がおっしゃるように、リラックスして弾いてらっしゃるんでしょうね。

—  他にはどんなことが印象に残っていますか?

と木下 初めて両手で弾くときに「何も考えないで弾いて」と言われたのが印象に残っています。それまで、あれこれ考えて練習をしても、「曲を弾くときは何も考えないで気持ちよく弾いて」と。そのときは先生の言ってらっしゃる意味がすぐには分からなかったのですが、練習を重ねるうちに、気持ちよく弾くっていうのはこういうことなのかなという瞬間が少しだけ分かりました。

—  あとからきいてくるレッスンだったんですね。

木下 そうですね。先生が言われたことを思い出しながら練習するようになりました。

—  レッスンは通訳なしで受講されたんですよね?

木下 はい、英語で受講しました。先生の英語は流暢でした。私は長い間、話していなかったので、言われることはわかるんですが、こちらの意思を伝えるのがなかなか難しかったです。それでも、先生は「焦らずにゆっくり話してくれればいいからね」とおっしゃってくださったので、英語で困るということはあまりありませんでした。

—  英語の勉強は日本でされていきましたか?

木下 今回の留学に合わせて勉強することはありませんでした。大学は英文科だったのですが、やはり文学が中心で話すというのはそんなに得意ではなかったんですが、卒業後、オーストラリアに何度か留学したので、そのときの経験や勉強したことが活かせたと思います。

—  ドイツ語は勉強されていったんですか?

木下 そうですね、挨拶や地名や本当に簡単な単語だけ覚えていって、英語が通じないときに使ってみましたが、発音が悪かったようで通じませんでした(笑)。

—  ウィーンの街の方はどうでしたか?

木下 みんな親切にしてくださって、道に迷ったときに教えてくださったり、駅で迷っていてもどの電車に乗ってどこで降りたらいいかまで教えてくださいました。

—  英語で会話されたんですか?

木下 はい。ウィーンの方は、10人中8人くらい英語が話せる思います。

—  日本人の方はいましたか?

木下 観光で来ている方には会いましたが、そこに住んでらっしゃる方には会いませんでした。飛行機の中ではたくさん日本人の方がいたのですが、ウィーンに滞在される方ばかりではなかったようです。

—  練習室はいかがでしたか?

木下 20時間取ったうち、16時間使用しました。練習時間は少し足りなかったです。私は日本ではあまり練習できないので、本当に練習が楽しくて少し物足りなかったです。でも先生からは、せっかくウィーンに来たのだから街を観光して楽しまないと、と言われたこともあって、練習は我慢して、午後からの半日観光に参加したりしました。

—  観光はどちらに行かれたんですか?

木下 ウィーンの森のほうに行きました。シューベルトの菩提樹の曲ができたゆかりの土地やアルプス山脈の端の丘になっているところにあるお城に行きました。あとはカフェに行って、おいしいコーヒーを飲みました。コーヒーはとてもおいしくて、泊まったホテルの朝食に付いてくるポットに入ったコーヒーさえ、本当においしくて朝から3杯くらい飲んでいました(笑)。

—  宿泊先のホテルはどんなところだったんですか?

木下 私は知らなかったのですが、ボティーフ教会というところの近くにあって、現地の方や先生にお聞きしたのですが、とても歴史のあるホテルだったようです。観光のときのガイドさんも、調度品が全部本物なんですよ、と言っていました。階段が螺旋階段だったり、全体的にクラシックなところでした。

—  サービスはどうでしたか?

木下 フロントの方はみなさんとても礼儀正しかったです。日本のホテルマンのようなサービスとは少し違うんですが、せかせかした感じはないのに、テキパキと対応してくださり、とても上品だなと感じました。

—  お食事を外で取られることはありましたか?

木下 はい。近くにシュタインがあって、そこはウィーン大学の学生さんも多く気軽に食事ができるお店だったので何度か行きました。

—  お値段はいくらくらいですか?

木下 スープとパスタで5.3〜6ユーロくらいでした。それにコーヒーをつけると8ユーロ、ドルチェもつけると10ユーロくらいですかね。食べ方にもよると思いますが、けっこうボリュームがありましたね。一人だとたくさん食べられないので、何人かで取り分けて食べるのと違って、けっこう胃が重たくなる感じでした。

—  何かオススメの食べ物はありますか?

木下 飲み物はやっぱりコーヒーですね。あとは、ザッハ・ホテルの元のカフェ・ザッハのチョコレートケーキは本当においしかったです。純度の高いチョコレートでした。それから、先生のおすすめで食べたアップル・パイもとてもおいしかったです。

—  ホテルとレッスン会場の行き来はどうされていたんですか?

木下 地下鉄で移動していました。とても丁寧に時刻表までいただいたんですが、本数が多いので、時刻表を見る間もなく(笑)、電車が次々とホームに入ってきました。

—  地下鉄の駅はきれいでしたか?

木下 それは路線によると思います。私が利用していたのは、大学に行く路線だったのですが、その線は比較的、駅も中もきれいでした。ただ、旧市街に行く路線は車内に落書きがあったり、オペラ座の駅は長い地下道に様々な人種の人がいて、地下道なのに煙草を吸っている人もいたりして、私の受けた印象は、あまりいいものではありませんでした。留学前に、スリに気をつけて、とは言われていたのですが、多分、スリの被害に遭うのはこのへんかな、という感じがしました。ただ、こちらが警戒していれば、被害に遭うことも少ないと思います。

—  海外の方とうまく付き合うコツはありますか?

木下 笑顔で受け答えすることが一番大切だと思います。それから、恥ずかしがったり目をさらしたりせずにはっきりと挨拶をしたり、心をこめて伝えることが大事だと思いました。意思を伝えるときは、遠慮をしないでひるまずにはっきりと伝えることも重要だと思います。

—  留学して良かったと思える瞬間はどんな瞬間でしたか?

木下 音楽レッスンではロスラー先生から最初と最後に貴重なお言葉をいただいたことです。音楽以外では、人との出会いです。道に迷ったときにタバコ屋のおじさんが親切に教えてくれたり、現地の方がカフェで話しかけてくれたり、親切してくださったり。あとは向こうで出会った日本人の人とは、今でもご飯に行くことがあります。そういうたくさんの出会いがありました。

—  1週間でいろんな方に出会えたんですね。

木下 そうですね。他にも車イスで旅行をしている人を見かけてエネルギーをもらったり、就職したのに仕事を辞めて、建築や美術を見に来ている人を見てバイタリティがあるなと感じました。

—  留学して変わったことはありますか?

木下 すごく人に感謝するようになりました。向こうで出会った方や助けてくれた方はもちろんですが、行く前にサポートしてくださった方や、日本の先生がいらっしゃるからこそ、充実した留学ができたんだなと思うようになりました。音楽をする上では、意識改革ができたことが大きかったです。日本にいるときは考えたこともなく、テクニック重視になっていたのですが、「内面的な部分を大切にしてレッスンを続けてください」とロスラー先生に言われたことで、ピアノに向かう姿勢が変わりました。

—  留学前にしっかりとやっておいたほうがいいことはありますか?

木下 先生とのコミュニケーションをしっかり取りたかったら、やはり英語を学んでいくことだと思います。言葉がわかれば、ダイレクトに先生とお話できると思います。向こうでしたこいとをきちんと考えておいたり、行く前に不安だなと思われることを調べておくなどして解消するようにしていけばよいと思います。

—  今後、どのような音楽活動をされていきたいですか?

木下 また機会があれば、講習会に参加したいと思います。講習会に参加して、いろんな方と演奏したいと思います。これからも自分のペースで続けていきたいと思います。

—  今日は本当にありがとうございました。

石橋幸子さん/ヴァイオリン/チュ-リヒ・ト-ンハレ管弦楽団/スイス・チューリッヒ

「音楽家に聴く」というコーナーは、普段舞台の上で音楽を奏でているプロの皆さんに舞台を下りて言葉で語ってもらうコーナーです。今回スイス・チュ-リヒ・ト-ンハレ管弦楽団でご活躍中の石橋幸子(いしばしゆきこ)さんをゲストにインタビューさせていただきます。「音楽留学」をテーマにお話しを伺ってみたいと思います。
(インタビュー:2009年8月)


ー石橋幸子さんプロフィールー

チュ-リヒ・ト-ンハレ管弦楽団石橋幸子さん
石橋幸子さん

大阪府出身。桐朋女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコ-ス首席卒業。1997年リュ-ベック音楽大学に留学し、ザハ-ル・ブ口ン氏に師事。1999年よりチュ-リヒ音楽大学大学院にて ジョルジュ・パウク氏に師事。仙台国際音楽コンクール、クライスラ−国際コンクール入賞他、ドットバイラー国際コンクール、モーツァルト音楽コンクール、キバニス国際室内楽コンクールで共に第1位受賞。青山財団より「青山音楽賞大賞」受賞。現在、ディビット・ジンマン率いるスイス・チュ-リヒ・ト-ンハレ管弦楽団に在籍し、08/09シーズンは第2コンサートマスターとして活躍中。


-まずは、簡単なご経歴を教えてください。

石橋  5歳からバイオリンを始め、桐朋女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学ソリストディプロマコースを卒業しました。その後、リューベック音楽大学に留学したのち、チューリヒ音楽大学院を卒業しました。現在は、スイスのチューリヒ・トーンハレ管弦楽団に在籍し、ヨーロッパでの活動を中心としながら、日本国内でも、定期的に演奏しています。

-バイオリンを始めたきっかけは?

石橋  母が声楽家でしたので、子供達にも音楽を学ばせたい、という気持ちがあったようです。私には1歳年上の、現在はビオラ奏者として活躍している姉がおりまして(石橋直子氏)、私が物心つく頃には、すでに彼女がバイオリンを弾いていました。それを見て、私もやりたいと言って始めました。

-ご自分で、バイオリンを選ばれたんですか?

石橋  そうらしいです。姉が練習している姿を見て、自分も弾きたいと言ったようですが、全く覚えていません(笑)。小さい頃って、よく子供達は何でも真似から入りますよね。私もそこから始まったのだと思います。

パールマン氏とお手て比べ!
パールマン氏とお手て比べ!

-では、ご家族の影響が大きかったのですね。小さい頃から、クラシックに親しまれていたんですか?

石橋  そうですね。母はオペラ歌手として沢山のコンサートに出演していましたし、父親もクラシックが大好きで、自分でレコードを聴きながら指揮をしていました。父の車の中では、いつもビバルディの「四季」の音楽が流れていて、私たち姉妹はそのような環境から、すんなりとクラシック音楽を受け入れていましたね。


-高校から、桐朋の音楽科に進まれたということですが、ご自身で進路は決められたのですか?

石橋  はい。私は小学6年生から中学2年生の頃まで、東京と大阪を往復して、東京芸術大学の(故)田中千香士先生に月1回レッスンを受けていたんです。日曜日は始発で東京へ、という生活をしていたので、大阪から離れることにも抵抗がなく、自分が行きたい学校へ行こうと思っていました。

-では、この頃からすでに、将来は音楽家の道に進もうと思われていたのですか?

石橋  目標を持ち出したのは、高校に入ってからです。周りのレベルがすごく高くて、自分もこの中の一人なんだと自覚したとき、このままではいけないと痛感しました。視聴覚室にこもっては、いろいろな方の演奏を聴いて参考にしたり、興味のあるコンサートには出来るだけ行きましたし、自分の練習を怠ることは出来ないので、朝5時の始発に乗ってよく通学していました。今思えば、高校生の時が一番練習をしてましたね。すべてを吸収したいという気持ちで、努力を惜しまずに取り組んでいましたから。・・・若さですね(笑)。

-その頃は、一日にどのくらい練習されてたんですか?

石橋  週末は、8時間練習をしてました。平日は、だいたい5時間くらいだったでしょうか。

-8時間! 周りの学生さんも同じくらい練習されていたのですか?

石橋  具体的には覚えてませんが、みんな頑張ってましたね。

-そのまま大学に進まれて、卒業後に、リューベック音楽大学に留学されましたね?

石橋  はい。桐朋で私が専攻したソリストディプロマコースというのは、特殊なコースなのです。バイオリンの実技試験で、決められた一定の得点以上を何回も持続できれば、最短3年で卒業できるというコースなのです。ソリストを育成する場所でしたから、学科はある程度免除されましたが、とにかくバイオリンの演奏に秀でていないと卒業できない、という学部でして。幸運にも私の場合も、3年で卒業できて、その年に21歳でドイツに留学しました。

-素晴らしいですね!では、ずっと良い成績をキープされてたということですね?

石橋  決して簡単ではなかったんですよ。高校時代からの6年間、良い成績というよりも、思うような演奏が出来ずに、たくさん挫折もしました。大事な場面で緊張しすぎたり、自分の力が出せなくなってしまった時期もありました。だから、とにかくたくさん練習して、常に自分の弱い部分を克服出来る様、格闘していくしかなかったんです。ですから、表面的には、高校もソリストディプロマコースも首席で卒業しましたが、そこに辿り着くまでは決して楽な道ではなかったんです。

-厳しい努力のたまものだったのですね。

石橋  そうですね。実際先生から、「キミは、精神的に弱い部分があるから、少し修行をするとか、座禅を組めば!」と言われたこともあるんですよ(笑)。その言葉で、これではいけない、何とかせねば!と思いましたね。それ以来、練習以外にも書物を沢山読んだり、周りの友人や先生からも助言をいただいた、とにかくトンネルの中を必死でさまよいながら、光を探していた感じです。ですので、当時を振り返れば、全く順風満帆ではなかったんですよ(笑)

-練習を重ねたり、書物を読んだりすることで、緊張や精神面の弱さを克服できたということですか?

石橋  はい、少しは!(笑) でも、今だに格闘してますよ!一つの事がクリア−出来たら、また新たな壁が見つかるので‥(笑) それに、コンサートでは毎回新しい課題が出てきます。ですので自分をどの様な状況に持っていくと、一番ベストな演奏が出来るかというのを、毎回のコンサートで見つけ出している感じです。経験を積みながら、少しずつ成長していければ嬉しいですね。

-さて、留学に関してですが、具体的に留学を意識し始めたのは、いつごろですか?

石橋  ソリストディプロマに入って2年目のとき、ロシア人のブロン先生に出会いました。当時先生は、たびたび来日されていて、私も何度かレッスンを受けていました。そしてそのレッスン内容がとても素晴らしかったので、1年以上かけて、「卒業後は、ぜひ先生のもとで勉強したい」という強い気持ちを、お伝えし続けたんです。そして、先生が受け入れて下さることになりまして、出会って2年後に留学という形になりました。

-留学するに当たっては、先生としっかり意思疎通をとっておくことも大切なんですね。

石橋  ええ。私のところに、留学の質問をしに来る方もいますが、私が言えることは、習いたい先生がいるのであれば、その先生ときちんとコンタクトを取っておくべきだ、ということです。その先生のところで学びたい、という自分の意思をしっかり伝え、先生にも、育てたいという気持ちがあるかどうか、きちんと確認をとっておくべきだということです。そして、その時点で、クラスでの順番待ちの人がいる場合もありますから、空いている枠があるかどうかも確認しておかなければいけません。渡航したは良いけれど、習いたい先生に習えなかったり、やりたいことができずに、宙ぶらりんになってしまう人も多いですから。

-それは、非常に重要なことなんですね。

石橋  はい。と言いつつ、私の場合、ブロン先生のところには数ヶ月しか勉強出来なかったんです。実は、肘を壊してしまって・・・。腱鞘炎にかかり、全く弾けない状態になり、休学することを余儀なくされました。そして、日本に戻って数ヶ月治療に専念しました。

-そうだったんですか。弾けないという状況は、お辛かったでしょうね・・・。

石橋  そうですね。それまで、挫折はたくさん経験しましたが、あの状態まで弾けなくなったことはなかったので、本当に厳しくて大きな試練でした。

チューリッヒ市内
チューリッヒ市内

-それでも、海外で勉強することを諦めずに、再挑戦されたんですよね。

石橋  やっぱり、音楽の基本は、ヨーロッパだと思っています。これは、ヨーロッパに住んで約10年経った今でもそう感じます。日本にいて、本や資料で勉強したり、口で説明を受けても、やはり肌で触れてみないと分からないことが多々あると思うんです。たとえば、バロック音楽にしても「なぜ教会で、なぜあの奏法で弾かなければいけなかったか」というのが、その教会に立って空間を感じるだけで理解できることもありますから。ですので、ヨーロッパに身を置いて、自分自身で体感したいと思ったんです。実際、休学してから1年間は、先生を探しにヨーロッパを周り、そして肌で音楽を吸収することに専念しました。オーケストラのコンサートを聴きに行ったり、バイオリンに限らず、いろいろなレッスンも聴講したり、音楽家が住んでた場所を訪ねる旅もしました。

-強いお気持ちがあったのですね。では、次のパウク先生とは、どのように出会われたのですか?

石橋  実はパウク先生との出会いは16歳の時でした。パウク先生が、桐朋でのマスタークラスを聴きに来られた時、「もし海外で勉強したいのであれば、是非僕のところに来なさい!」と声をかけて下さっていたんです。しかし、すぐに先生のところへ飛び込んだわけではありません。まず、先生の講習会に参加して、「本当にこの先生に習いたい!」という確信をもってから、パウク先生に私を生徒にしていただけるかお尋ねをしました。腱鞘炎の事も含めて、今までの事情や自分の強い気持ちをお伝えして、先生のお話やレッスン内容の素晴らしいさを体験した上で、この先生となら絶対信頼関係を築けると思えた時点で、チューリッヒに移る事を決意しました。

-やはり、留学する上で、良い先生との出会いというのは、本当に大事なんですね。

石橋  その通りです!留学には、良い先生を探すことと、強い意志と目標を持つことが、とても大事なんです。これがなければ、海外で生きていくことは難しいですよ。実際、挫折して帰国する人も、たくさん見てきました。事前に先生と連絡を取り合って、きちんと受け入れ先を見つけることと、ある程度の語学は身につけてから渡航する、ということも大切です。また、私の経験からいっても、奨学金制度があるのであれば、出来るだけチャレンジしたほうが良いと思います。

-ちなみに、ドイツ語はいつごろから勉強をされていたのですか?

石橋  留学の1年前から勉強を始めましたが、結局まったく通じませんでした。それで、後々かなり苦労しましたね。最初の頃は英語でコミュニケーションを取っていたんですが、やはり、だんだんドイツ語を話す必要性が出てきました。そこで、ドイツ語の集中講義を受けたのですが、コンクール前など、とにかく練習したい時期に、講義に時間を取られたりして、非常に辛かったです。留学1年前に始めても遅かったくらいですから、この先、留学を考えているのであれば、語学の勉強を始めるのは、早いに越したことはありません。

-リューベックやチューリッヒに入学されたときは、語学力を問われたりはしなかったのですか

石橋  リューベックのときは、勉強をしたという証明書が必要でしたね。チューリッヒは、ドイツで勉強していたという経歴があったからか、免除されました。

-やはり、言葉は出来るに越したことはないですね。

石橋  本当にそうです。10年経った今でも、まだまだ苦労していますので!早ければ早いほうがいいです。そして、英語も少しは理解出来ると役立ちますよ。

チューリッヒ市内
チューリッヒ市内

-では、チューリッヒに行かれてみて、ドイツとスイスで、音楽の勉強の仕方に違いはありましたか?

石橋  国による違いというより、習った先生の違いでもあるんですが・・・。ブロン先生からは、ピエロ的な要素を学びました。誰もが想像のつかないような、ニュアンスの取り方や、間の取り方などです。パウク先生からは、音楽性の導き方や演奏技法、曲の様式観を学びました。どのようにしたら、自分の味や音楽性を活かして表現ができるのか、ということも多く学びました。それぞれの先生から、違った部分を学べて、本当に幸せでしたね。

-素晴らしい先生方に出会われたんですね。

石橋  はい。留学して、まず大切なのは「音楽」だ、ということを学びました。流れを感じ、自分の心からあふれ出てくる歌を信じて、そのまま弾けばいいということです。テクニック的なことは、あとで補っていけるものですから、小さいことを気にせず、まず弾いてみる。パウク先生の生徒は、みんな違ったカラーを持っていて、私も私自身の個性をのばしていただきました。そして自分の味を活かしつつ、のびのびと演奏ができるようになりました。

-どれくらいの期間、パウク先生に師事されたのですか?

石橋  1999年から2003年までです。

-そのあとに、管弦楽団に入団されたんですね。これはどういったきっかけですか?

石橋  やはり、最終過程を卒業すると、日本に完全帰国するか、現地で働く場所を探すか、という選択をせまられます。私はまだまだヨーロッパで学びたかったので、もしオーケストラに入れば、また新たな発見があるのではないかと思いまして・・・・。最初は、とりあえず試用期間の1年間だけやってみよう、と思って入団しました。でもそこで素晴らしい方に出会ってしまい、スイスに残る事を決意しました(笑)

-採用試験は、募集広告が出ていたんですか?

石橋  はい。トーンハレは毎回応募人数が多いのですが、その時も200人くらい応募があったようです。そこからまず書類選考で人数を絞り、私の受けた時は1次試験に37人参加し、2次試験で5人になり、3次試験では3人だけが残りました。最終試験では、オーケストラの曲以外に初見もありました。その結果、運良く受かることが出来ました。

-審査員は何人いらっしゃるんですか?

石橋  オーケストラメンバーは約100人いるんですけど、その中のだいたい30~40人は審査に入ってます。1次試験は、誰が審査しているのか見えない形式なのですが、2次審査からは、ずらりとならんだ審査員の前で弾くことになります。かなり緊張する場所でしたね(笑)

-30人もいたら緊張しますよね。

石橋  はい。しかも、全員しかめっ面で、ジーっと見てますからね(笑)

-日本人が認められて、採用されると言うのは難しいと思うんですが、いかがでしょう?

石橋  たとえば日本人とドイツ人が同等の力を持っていたら、絶対ドイツ人が採用されると思うんです。ですのでそこで勝つには、個性が必要なのだと思います。私の場合は、自分の良さを伝える表現方法の一つとして「歌心」が自分にはあると思っています。ですのでいつも演奏する時、「皆さん、今日はこの場所で私の演奏を聴いてくれてどうもありがとう!」と、常に感謝しながら演奏しているんです。ちょっとでも、自分の良さというか、自分自身の個性を信じた演奏し、それが相手に伝われば、どんぐりの背比べの中でも、ピカッと光れる思います。

-技術以外で何かコツはありますか?たとえばコミュニケーション能力や語学力とか。

石橋  入団する際は、全く必要ありません。

-完全に実技の力だけを評価されるということなんですね。

石橋  はい。でも入団後は、1年もしくは2年、試用期間があるのですが、この間にドイツ語が出来ない人には、ドイツ語学校に通うように指示をいただきます。しかし最近はどこのオーケストラもインターナショナルになっていて、最低限の会話が出来れば、それほど厳しくその国の言葉を要求されることはなくなってきたと思います。

トーンハレ管弦楽団リハーサル(指揮パールマン氏)
トーンハレ管弦楽団リハーサル(指揮パールマン氏)

-試用期間後、続けられない方もいるわけですよね?その際の審査の基準は?

石橋  まずは実技が中心ですから、その1年間は常にベストを尽くし、よく準備をして本番に備える、というのが最低ラインです。あとは、人間性も必要になってくるのでしょうね。私がいつも心がけているのは、どこの国のどんな国民性をした方でも、誠意を持って接しようということです。たとえば、ドイツやスイスでは、自己主張のハッキリしている方が多いので、そういう場では、私も言いたいことをきちんと主張します。日本人らしく、ニコニコと大人しく話しを聞いているだけだと、「何を考えているかわからない」と言われて終わりです。言葉が流暢でなくても、きちんと誠意を持って対応することを心がけるようにすれば、自分の人間性を理解してもらえるのではないか、と思います。

-ところで石橋さんは、音楽的な問題にぶつかったときの解決は、ご自身で解決されますか?それとも誰かにアドバイスを求めますか?

石橋  まずは自分で解決法を見つけます。それでも何も見えてこなかったら、周りの人に聞きます。学生時代は、自分で考えた上で、「先生だったら、どのような解釈をされますか?」っと質問していました。そして、違った方向から光が見えてくる時もありました。

-新しい曲に取りかかる時もそうですか?

実は大学生の頃、桐朋の大先輩の指揮者の小澤征爾先生にお会いしたときにお話を伺ったんです。「先生は新しい曲を始めるとき、どうやって勉強されるんですか」って。先生がおっしゃるには、「まず自分でスコアを読んで勉強する」ということでした。「他の方のCDとかは聴いたりしないんですか?」と伺いましたら、「もちろん、聴かない。自分でまず勉強しておかないと、周りの音楽から影響されてしまって、他人の音楽になってしまうから。」と教えていただいたんです。これを聴いた瞬間、目からウロコが落ちました。その頃の私は、まずいろんな方のCDを聴くことから始めていたんです。でも、そのお話を伺ってからは、まず自分で楽譜を読んで、考えるようになりました。もちろん、3倍も4倍も時間はかかります。道が開けないようなときでも、何ヶ月も時間をかけて、迷いながらも自力で仕上げてみるんです。その後で、先生に意見を求めたり、他の演奏を聴いたりと、アドバイス要素を入れるんです。そうすると、根の部分は自分の音楽で固められているわけですから、ぶれることはありません。

-なるほど。先入観をもってしまうと、自分の音楽が作りにくくなるでしょうからね。では、海外留学をして、オーケストラに入りたいという方にアドバイスをいただけますか。

石橋  常に自分がどうありたいか、強い志を持って楽器に触れることですね。努力をし続ける強い精神力と、覚悟を持って始めてください。

ご主人のアンディーさんと共演
ご主人のアンディーさんと共演

-やはり信念を持たないといけないですよね。

石橋  はい。強い信念を持っていれば、一度は海外に住んでみるのも悪くありませんから!しかし永久に住むとなると色々と大変ですけども(笑)。未だに私の場合、日本に着いた瞬間、ほっとして心からリラックスしているのが分かるんです。ヨーロッパにもう10年も住み、既に慣れたとはいえ、やはり異国は異国なんですね。ずっとこちらでは私達は外国人なんです。ですので本人の希望があるのであれば、ヨーロッパ留学は本当にお勧めしますが、しっかりと心の準備をしてきてほしいです。

-石橋さんご自身は、信念が揺らいだことはありましたか?また、そのときはどうやって克服しましたか?

石橋  先ほどお話したように、一度腕を壊して帰国したのですが、その時はそのショックとホームシックもあり、一度自分を守ってあげられる場所に体を戻すことで、「怪我しちゃったけど、でも良く頑張ったね」と言い聞かせ、精神的にも落ち着け、肉体的にも解放できる環境を自分で作りました。その上で、改めてしっかりと自分の気持ちに向き合いました。そして、やはりもう一度勉強したいと強く思いましたので、再びヨーロッパに戻ったんです。でも、実際は留学というのは学びに行くことですから、先生との関係がとても大事です。先生との信頼関係がしっかりできていれば、相談も出来るし、アドバイスもいただける。乗り越えられる部分は大きいですよ。

-それでは、石橋さんにとってクラシック音楽とは、何でしょうか?

石橋  ええっ!それは難しい(笑)。 ・・・結局、やっぱり「私自身」なのかな。楽器を使って「心」を伝わる、自分からのメッセージなのでしょうか。

-これからも、スイスと日本を拠点に活動されていくかと思いますが、音楽家として今後の夢はありますか?

ご主人のアンディーさんと。
ご主人のアンディーさんと。

石橋  これまでの音楽人生で、沢山の事を学び、体験でき、とても幸せでした。それを今度は、私が色々な方々に伝えいく番だと思っています。
バイオリンを通じて今後も、感謝の気持ちや喜び、そして悲しみ、いろいろな表情の「心からの音楽」を皆さまにお伝えていきたいです。

-これから留学を考えているみなさんにとって、すごく貴重なお話でした。今日はお忙しいところ、本当にありがとうございました!

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石橋幸子さんの今後の活動は下記のホームページでご覧になれます。
http://www.yukikoishibashi.com

コンサート情報
2013年10月7日  京都 カフェ モンタージュ 20時開演 (問い合わせ先 075-744-1070)
弦楽三重奏コンサート
ドホナーニ 弦楽三重奏 ヘンデル(ヘルバーソン編曲)パッサカリア (vl&va)
ベートーベン 弦楽三重奏 0p、9-1

石橋幸子 ヴァイオリン
石橋直子 ビオラ
五味敬子 チェロ

2013年10月10日 名古屋 花山音楽プラザ 1F ロビーコンサート 18時30分開演 入場無料 
石橋姉妹による弦楽三重奏コンサート

シューベルト 弦楽三重奏 D.471
ヘンデル(ヘルバーソン編曲)パッサカリア (vl&va)
ドホナーニ 弦楽三重奏
モーツァルト ビオラとチェロの為のソナタ K292
ベートーベン 弦楽三重奏 0p、9-1

石橋幸子 ヴァイオリン
石橋直子 ビオラ
五味敬子 チェロ

2013年10月13日 名古屋 電気文化ホール 14時開演 入場料3000円
(問い合わせ先 Jプロジェクト 090-5439-8821)
石橋直子トリオコンサート

シューベルト 弦楽三重奏 D.471
ヘンデル(ヘルバーソン編曲)パッサカリア (vl&va)
ドホナーニ 弦楽三重奏

モーツァルト ビオラとチェロの為のソナタ K292
ベートーベン 弦楽三重奏 0p、9-1

石橋幸子 ヴァイオリン
石橋直子 ビオラ
五味敬子 チェロ


2013年10月14日 豊中 フェリーチェホール 14時開演 
石橋姉妹による弦楽三重奏コンサート 
問い合わせ先 090-9888-1017

シューベルト 弦楽三重奏 D.471
ヘンデル(ヘルバーソン編曲)パッサカリア (vl&va)
ドホナーニ 弦楽三重奏

モーツァルト ビオラとチェロの為のソナタ K292
ベートーベン 弦楽三重奏 0p、9-1

石橋幸子 ヴァイオリン
石橋直子 ビオラ
五味敬子 チェロ

大島莉紗さん/ヴァイオリン/パリオペラ座/フランス・パリ

「音楽家に聴く」というコーナーは、普段舞台の上で音楽を奏でているプロの皆さんに舞台を下りて言葉で語ってもらうコーナーです。今回パリ・オペラ座管弦楽団でご活躍中の大島莉紗(オオシマリサ)さんをゲストにインタビューさせていただきます。「音楽留学」をテーマにお話しを伺ってみたいと思います。
(インタビュー:2009年12月)


ー大島莉紗さんプロフィールー

大島莉紗さん
大島莉紗さん

桐朋女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学ソリストディプロマコース終了。文化庁在外派遣研修員として英国王立音楽大学大学院に留学し、フェリックス・アンドリエフスキー氏、トーマス・ツェートマイアー氏に師事。在学中、女性として初のユーディ・メニューイン賞をはじめ、ヴァイオリンにおけるすべての賞を受賞。ローム・ファンデーションなどから奨学金を受け、過去最高点の首席で卒業。第18回リピツァー賞国際ヴァイオリンコンクール入賞優勝などを始め、数々のコンクールに入賞。ルーマニア・モルドヴァ交響楽団、仙台フィルなどと共演他、音楽祭での演奏多数。2002年ドイツ・ラインランドファルツフィルハーモニー管弦楽団を経て、2003年パリ・オペラ座管弦楽団に入団。また、ロンドン・フィル客演首席奏者として、ロイヤルフェスティバルホールなどで定期公演などに参加。パリ・オペラ座を拠点に、ヨーロッパ各地で、ソリスト・室内楽奏者として多彩な活動を展開している。現在、パリ在住。


-まずはじめに、簡単なご経歴をお願いします。

大島  桐朋女子高校を卒業して、桐朋大学のソリストディプリマコースを修了したのち、イギリスのロイヤルカレッジの大学院に留学しました。その後、ドイツのラインランドファルツフィルハーモニーに入りまして、その後パリのオペラ座に籍を置いて現在に至っています。

-素晴らしいご経歴ですね。イギリスに留学しようと思ったきっかけは何だったんですか?

大島  イギリスにつきたい先生がいらしたので。フェリックス・アンドリエフスキー 先生という方でした。

-その先生とは、どうやって出会われたんですか?

大島  もともと留学したいとは思っていたんです。実は、最初、講習会で出会ったオーストリアの先生につきたいと思っていたのですが、その方がご病気になられてしまって・・・。なので、また探し始めたのですけど、たまたまその時期に、国際コンクールを受けたんです。そこで、同じコンクールを受けていた素晴らしい演奏をなさる方と出会ったんですけど、その方が習っているのが、アンドリエフスキー先生だったんです。そこで、先生に興味を持ちまして、連絡を取ったところ、講習会にいらっしゃいと先生に言っていただいたので、夏期講習に参加しました。それがきっかけですね。

-そもそも音楽に興味を持ったきっかけは何だったんですか?

大島  自分でバイオリンに興味を持ったというより、私が幼稚園のとき、親が何か習い事をさせようということで・・・。近所にもバイオリンを習いたい子がいたので、一緒に始めたという程度です。そして、バイオリンを習い始めたあたりで、バイオリンコンチェルトのコンサートに行く機会があったんですけど、そこで「私もバイオリン弾く人になりたいな」みたいな風には思いましたね。

-その後、ずっとバイオリンを習っていらっしゃって、高校から音楽学校に入られたんですよね。やはりご両親からの影響が大きいのですか?

Image大島  いえ、うちは親が音楽には全く関わっていない職業でしたので、周りに音楽は無かったんです。特別音楽が好きというわけでもなかったですし、本当に習い事という程度でした。

-ピアノではなく、バイオリンがそばにあったんですね。

大島  小学生くらいのときに、ピアノも習ったほうがいいって言われて、実際ピアノを習ったんですけど、好きになれなくて、すぐに辞めてしまいました(笑)。

-クラシックを海外で勉強するに当たって、それぞれの国の良い点悪い点などありましたら教えてください。

大島  イギリスに関して言えば、世界の中心というか大きな都市なので、一流の音楽家のコンサートが毎日どこかであって、刺激があります。かといって、ニューヨークのように時間が早く、みんながせかせか働いているわけではないので、ヨーロッパらしい落ち着きがあります。なので、刺激はありつつゆったりと音楽が学べるという、良い環境でしたね。

-逆に悪い点は?

大島  たとえば、学校に関しては、ロイヤルカレッジ(編集注:英国王立音楽大学)、アカデミー(編集注:英国王立音楽院)、ギルドホールが有名なんですけど、そのどの学校とっても、日本の桐朋のレベルでいろんなことを与えられる、ということは少なかったですね。桐朋は大きな組織ですし、公開レッスンと言って、外国から先生をお招きして、毎年レッスンを受けられる機会もありました。また、図書館にもたくさんのレコードや資料があります。そういうのがイギリスではなかったですね。割と、そういう経験は、日本の学校の方がたくさんできました。

Image-意外ですね、イギリスの方がシステムが整っているように思っていました。

大島  学校にいて、外から受ける刺激が多いのは、日本のほうですね。

-桐朋学園は特に、海外に出て行かれる生徒さんも多いですしね。

大島  学校として積極的ですよね。情報量もとても多かったし。

-ドイツはいかがですか?オーケストラに入られたということですが。

大島  学校には行ってないので、教育法などは分かりませんが、ドイツには大きな都市が無いんですよ。中くらいの都市が分散していて、それぞれにオーケストラがたくさんあるという感じですね。街と音楽が密着しているというか。外から刺激を与えられるというより、街と密着した生活の一部としての音楽を築いていくような感じが強いです。ですから、オーケストラも、州の中の他の街に行きコンサートをする機会も多いです。すべての人に、音楽を届けるような感じですね。

-逆に、ここは難しい部分だなという点はありますか?

大島  ドイツ人は、日本人と気質が似ているところがあるので、あまり不満は感じなかったですね。ただ、私は、東京とかロンドンとか大都市で過ごしてきていたので、街に刺激が少ないドイツでの生活が耐えられなかったんですよね。地道に音楽をやっていくのであれば最高の場所ですけど、それ以外にも楽しみたい場合はちょっと・・・(笑)

Image-気分転換は大事ですからね。今はパリにいらっしゃるということですが、違いはありますか?

大島  パリは、いろんな文化が発達しています。音楽だけでなく、美術も料理もファッションも。だからすごく刺激を受けますね。たとえば、食にしても絵にしても、必ずどこかで自分を表現するということとか、繊細な感性の部分とかが、音楽と共通しますからね。

-芸術の都ですものね。逆に何か悪い点は?

大島  フランス人はコンサバティブというか、自分の国が一番と思っているので、外から何かを受け入れることが少ないですね。他の国だったら、音楽大学でも有名な学校がたくさんあったりするんですけど、フランスだとコンセルバトワールしかないというか。オーケストラも、そこの卒業生以外いないという感じで、だから結局メソッドとかも偏っていますし、そういう意味では閉鎖的だと思います。

-フランス語がわからないと話してくれない、みたいなこともあるそうですものね。ちなみに、フランス語は話せるんですか?

大島  いまだに苦労していますよ(笑)。

-それぞれの国で、いろいろ違っていて興味深いですね。イギリスを留学先に決めたきっかけは、先生だったということですが、街の雰囲気というのもあったんですか?

大島  確かに都市の大きさもありました。都市が大きい分、刺激が大きいというか、コンサートを聴いたり自分が演奏する機会も多いのではないかと思いましたね。

-学生時代から、演奏の機会は与えられていたんですか?

大島  はい、そうですね。

-勉強だけでないものも身についていったという感じですかね。イギリスと言うのは、ギルドホール、ロイヤルカレッジ、アカデミーという3校が有名ですが、やはりそこを出た人の方が就職に有利とかいうのはあるんですか?

大島  出身校によって、有利不利ということはないと思うんですが、その学校のコンサートのテリトリーなどはあると思いますね。たとえばカレッジであれば、学内のオーケストラと共演できる機会があったり、いくつか契約している大きな教会でのコンサートがあったり、ジャガーという自動車会社が、顧客に対して行っていた世界各地の英国大使館のコンサートに、カレッジの人が派遣されたりすることもありました。そういう機会が、大きい学校の方がたくさんあるとは思います。

-日本は、学歴や学校名が就職に関わったりすることもありますが・・・。

大島  イギリスは経験だと思います。だから、学校を出るだけでは、全く仕事がないのですけど。どこで演奏したか、どこの主催で演奏したか、そしてどこのオーケストラで弾いた事があるかなど経験が重要になってきます。

-ドイツとフランスで活躍されていますが、日本人が有利だと思う点と不利だと思う点はありますか?

大島  有利な点は少ないんですけど・・・。芯の強さだったり、日本人としての感性は、ヨーロッパ人とは全く違うものを持っていると思います。それをキャラクターとして活かせれば有利になると思います。

-プロの音楽家として成功する条件にもつながってくるのでしょうか。では、逆に不利な点は?

大島  どうしても、どこの国でも自国の国民を大切にしますので、同じくらいの演奏レベルであれば、自国の人を採用するということはありますよね。

-そういった場面で大切になってくるものは何でしょうか?

大島  人脈も大事だと思うんですけど、その点は私は苦手分野なので・・・。まじめな姿勢で取り組むなど、人を信用させることができるかということが大事になってくるのでしょうね。

-信頼関係ができないと、お仕事って成り立たないですものね。そういうときは技術で見せますか?言葉ではなく。

大島  やはり技術ですかね。結局、いくら言葉で主張しても、弾いたら人間性とかそういうのは全部見えますので。やっぱり弾くことによって、自分を表現しなければいけないですから。

-そういう風に、技術の上手い下手とかではなく、この人はこういう良い物を持っているな、というのが伝われば受け入れてもらえるんでしょうか。

大島  オーケストラによって違うと思うし、好みもあると思うのですけどね。自分に合ったところでは評価されますし、合わなければどんなに上手でも評価されなかったりします。そういうのは縁ですよね。

Image-いろんなオーケストラのオーディションを受けられましたか?

大島  はい、受けました。

-厳しかったですか。トントン拍子というイメージがありますが。

大島  トントン拍子というわけではなかったですね。最初、イギリスで働きたかったんですけど、イギリスではオーケストラで入団を許可されても政府が労働ビザを下ろしてくれないんですよ。そういう関係で、トライしてもだめで、結局大陸に渡ったんです。

-そうだったんですか、イギリスではビザがなかなか下りないんですね。

大島  絶対無理って言われて。条件がどんどん厳しくなってきていますね。

-音楽だけじゃなくて、事務手続きで問題が出てくるのは、歯がゆいですね。

大島  自分ではどうにもならないっていう部分で悩んだことも多かったですね。

-制度の話ですからね。いつかイギリスでお仕事できたら、というお気持ちはありますか?

大島  2年くらい前に戻りたい気持ちが強くなって、一度ロンドンフィルに行ったことがあったんです。しばらく仕事をしたんですけど、仕事量がものすごく多くって・・・。イギリスは、すべての人がフリーランスなんですよ。だから月給制ではないから、休んだら給料をもらえないし。生活するのが大変な場所で、プレッシャーも大きいし、ストレスが大きくて・・・。

-理想と現実とのギャップがあったんですね。

大島  そうですね。ロンドンに住みたいけど、働くならフランスの方が働きやすいんだなと思いましたね。

-フランスが働きやすいというは?

大島  すごく労働者が守られているので、とても安心して働けますね。休みも保障されているし、病気になっても国が保障してくれたりとか。そういう意味では安心して音楽を仕事に出来ますね。

-確かに。一度テレビで見たんですけど、バレエ団でも将来が保障されているということを言っていて、すごいなと思いました。ドイツはどうなんでししょうか?

大島  ドイツもちゃんとしていますよ、フランスと同じくらいか、それ以上に。

Image-やはり音楽の都ですね。大島さんは様々な国でご活躍されていますけど、フランスに興味を持ったきっかけは?

大島  これも本当に縁ですね。最初は、全然フランスには興味がなかったし、いろいろなオーケストラに申し込みをしているときも、フランスだけは排除していたくらいだったんです。

-そうだったんですか!では、なぜフランスに?

大島  自分の中では、ドイツがいいかな思って行ったんですけど、いざ行ってみたら生活がつまらなすぎて・・・。ここは合わなすぎるな、と。そして、すぐに夏休みになったので、その休みを利用してフランスの講習会に行ったんです。フランスの田舎町だったにも関わらず、華やかでお店もたくさんあるし、楽しいかもって思いまして。

-そういうのがきっかけになったんですね。

大島  そのとき習ったのもフランス人の先生で、「パリに来るのもいいんじゃない?」っていう話をされたんです。そうしたら、たまたまオペラ座に空きがあって、2ヵ月後くらいにオーディションがあったんですよ。そこでフランスのオーケストラを初めて受けたというわけです。

-そういうのも縁なのでしょうね。ちなみに、その講習会はどこだったんですか?

大島  ナンシーです。
 

ピエール・ブーレーズと共に
ピエール・ブーレーズと共に

-どこに何があるかわからないですね。人生。

大島  行ってみて分かったことではあったんですけど、フランスのオーケストラっていうのは、フランスの大学を出た人ばかりが受けに来ていて、外国からの受験っていうのは、ほとんどいないんですよ。特にわたしは、フランス語が全然分からないのに受験したので、オペラ座の方もびっくりしていたような状態だったんです。いろいろ説明されても何も分からないし、受かったのか落ちたのかも分からない(笑)。試験終了後に、ある部屋に連れて行かれて、審査員の人が「コングラチュレイション!」って言ってくれたときに、あ、もしかして受かったのかなって(笑)。

-それは英語だったんですか?

大島  はい。当時の音楽監督がアメリカ人だったんです。そして「君は、どの国の言葉を話すの?」って聞かれて(笑)。結局オペラ座の中で、フランスの学校で勉強していないのは私だけなんです。

-素晴らしいですね!輝くものがあったから選ばれたんでしょうね。

大島  オペラ座の音楽に共通する何かがあったのかもしれないですけど。

-コミュニケーションは英語とフランス語ですか?
 

パリオペラ座で活躍中
パリオペラ座で活躍中

大島  笑顔で・・・よくわからない英語のコミュニケーションですね(笑)。とりあえずは、数だけは覚えて行って。というのは、指揮者が「何小節目から。」って必ず言うので、それだけは覚えました。

-言葉がしゃべれなくても、大島さんを採用したいと思わせたものがあったんでしょうね。

大島  今思うと、すごく公平にやってくれたんだなと感謝しています。実力だけじゃなく、タイミングや運なんかもあると思うんですけど。

-なるほど、そういった形でパリに行かれたんですね。非常に興味深いですね。

大島  流されるままにって感じなんですけど。偶然は必然なんでしょうね。

-フランスで音楽家として活躍して行く上で、何が成功の条件になるでしょうか。

大島  やっぱり自分を失わないことでしょうか。いろんな意見があっていろんなことを聞くと、流されてしまうこともありますよね。でも、その中で自分が何をやりたいのかを常に持っていて、何があっても自分を失わないことが大切ですね。

-大島さんは、先生のおっしゃることと違う部分があったら、私はこうしたいと主張するタイプですか?

大島  学生時代は、先生に従順っていうか、先生の言うことは絶対だと思っていました。なので、何か言われたら自分が間違ったんだと思っていましたよね。でも、今になって考えてみたら、自分にとって必要なものと必要じゃないものがありますから、必要じゃなかったら排除していってもいいと思います。

-学生は学ぶ時期なので、先生の言うことを聞くのも大切ですものね。

大島  自分に自信が無かったので、自分の主張が正しいかどうかも分からなかったですし。

Image-では、難しい質問になるかもしれませんが、大島さんにとってクラシック音楽とは何ですか?

大島  私の場合は、音楽っていうのはクラシック以外にないし、生活の中に他の音楽は入ってなかったんですよ。クラシック音楽が何かというより、私にとっての音楽は、自分の心を落ち着けるものであり、表現するものであるって感じですかね。

-そうですか。では、音楽家として今後の展望や夢があれば、教えてください。

大島  今はオーケストラの仕事に追われているんですけど、だいぶ慣れてきたので、今後は自分のことに目を向けて、ソロや室内楽の活動を広げていけたらいいなと思っています。日本やフランスに限らず、ヨーロッパ各国でいろんな人とやっていけたらいいなって思っています。

-実際に、これからのご予定はありますか?

大島  特にはありませんけど、来年たぶん室内楽のコンサートがあると思います。

-お忙しいとは思いますが、体に気をつけて頑張ってください。最後に、海外留学を考えていらっしゃる方にアドバイスをお願いいたします。

大島  やっぱり、いろいろ大変な苦労も多いと思うんですけど、たぶん一番大変なのは、孤独を味わうことだと思うんですよね。そういうときでも自分を信じて、自分がやりたいことを頭に思い浮かべながら頑張ってほしいです。日々の生活に追われると、なかなか難しいことなんですけど(笑)。

-大島さんの活躍を見ていると、そういうことが本当に大事だったんだなって思います。本日は本当にありがとうございました!


ブログ「パリ・オペラ座からの便り」
http://lisaoshima.exblog.jp/

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2012年11月30日 ウィーン
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